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日記です

軽やかに好意を伝えることは、難しい。うちに抱えすぎてジメジメしたものを、置き手紙のようにして伝えてきた。受け取ってくれた人は、本当に優しい人だと思う。

軽快でラリーのような会話をするのは、難しい。有名人に、さんを付けるか付けないかさえに悩み、沈黙する。

軽いミスに、軽く謝ることは、難しい。少しぶつかっただけでも、今にも吐きそうな顔と、震えきって力のない体で、謝罪する。

好意を発する時、私にとっては真剣勝負で、これを流されても構わないが、なにか心にひっかかってくれたらと思っている。あなたの進む力の、無量大数分の1になれたらいい。

私には、好意を投げること、受け取ることに、気楽さがないのかもしれない。それは何も考えずに好意を伝えてみようと試みた結果、失敗したからでもある。だからか、あまりよく知らない人から好意を投げかけられたとき、ビビる。異性なら尚更ビビってしまう。なんで投げたのか、投げるのにかけた労力はどれくらいだろうか。人を軽く見るのは大嫌いだから、いつも重く重く、重い方の可能性を選択する。そのままで受け取ることができたら。

好意を受け取ったら、関係ができてしまうのではないかとガチガチに思い込んでいるので、意を決して受け取ったり、受け取らなかったりする。受け取った場合、好意が爆弾のように思えてきて、怖くなる。腕の中の爆弾をどう処理するかに頭が持っていかれて、肝心の相手のことは考えていない。

相手のことを勝手に重く考えていながら、大切にしたいと思っていながら、最終的には自分を守ることを選ぶ。「嫌われるようなことしてしまったかなって」と言わせてしまう。

立ち止まって、バランスを失って、不安になって、怖くなって留まって、悪化して、伝えることもできなくなって、閉じこもる。私の引きこもりパターン。一瞬立ち止まるとかできないだろうか。ずっとそこにいてしまう。囚われてしまう。

顔をあげてほしい。無理そうなら、手に本を。顔をあげられそうなら、映画を観てほしい。歩けそうなら、外へ出て、空気を吸い込んでほしい。元気があったら、人に出会ってほしい。誰かに愛をこぼしてほしい。

重大な事情を抱えた人間でないと、誰からも見向きをされないと思っているところがある。自分のどこが好ましいのか理解できない。自分には何もない、何もないから、この棲みつく苦しみと対峙して、どうにかやっつけたり、唯一の友となるように手懐けたりしようとするけど、しなくていい。ひとりで立ち向かうには危険だ。私はどこにいてもだれといても汚い人間だと感じる。それでも、誰かからの愛を感じられる自分を、何よりも信じるべきだと思う。

水浴び

シャワーヘッドとホースの接続部から水が漏れていた。ちょろちょろとホースをつたうくらいだったのが、日に日に漏れの量が増した。

このことは家族共通の話題となり、風呂上がりや夕食時に話しては「なんか漏れの勢い増したよね」と笑ったりした。業者の方によると、ホースのシャーヘッド接続部分がくねくねしていて、うまく接続できず水が漏れ出しているらしい。

シャワーヘッドから出る水の勢いはよぼよぼになって、接続部分は鋭さを持ち「噴射」という感じになった。水は内側に噴射し、顔面にかかる。とうとう父がシャワーヘッドをもぎ、ホースのみになった。変な感じがした。ホースって人に向けることがないからか。あったとしてもプールとか。水遊びという感じがした。水撒きとか掃除とか飼育とかが連想された。

母に「象の水浴びみたいじゃない?」と話した。母は笑った。ウケた、と思って嬉しかった。

業者からの電話を受けた母が、「ホースだけにして、象の水浴びみたいな感じで過ごしてます〜」と早口で挟み込んだ。「言いよった」っと思った。いきなり身内ネタをぶっこむ母にアワアワした。「象の水浴び」について、私はウケた実感があったし、母も業者さんに仕掛けるような言い方だったので、滑るのはなんか悲しい。これは身内ではない業者の方にも通じるのか。

「象のところ、ウケた?」と聞くと、「ハハ、って笑ってたよ」とのことだった。スルーじゃなくてよかったな、と思った。

風邪引き2日目

風邪をひいた。一昨日すこし喉が痛くて、昨日は鼻水が出てきて、今日は喉がもっと痛くなって、鼻詰まりになった。

熱はなく、倦怠感はなく、咳も出ない。

耳鼻科へ行った。コロナの情報を少しでも得ることができるのではないか、もしかしたら検査を受けるよう促してくれないだろうか、と、この不安からの救済を求めていた。喉、鼻、耳を診られ、鼻消毒をしただけで終わった。「風邪ですね」「腫れてますね」の一言もなく、喉と鼻の炎症を抑える薬を処方してもらった。なんだったんですか、わたしはなんだったんですか、先生!

治るのを待つしかない。症状が4日以上続く場合、新型コロナ受診相談センターに相談したら良いそうだ。

家族の優しさが身に染みている。でもこういうとき以外の優しさを感じ取れるようにならなければいけないよ。大切な人に鈍感だよ。

父が帰ってくきてすぐに、私の部屋に来て、おでこに冷たい手を当ててくれた。

風邪ひいている人には絶対やさしくしよう。美味しいお粥を作れるようになろう。ゼリーとかポカリとか買ってきてあげよう。車の免許とって、病院の送迎をしてあげよう。

今週の日曜に演劇のWSがあったが、キャンセルの連絡を入れないといけない…くそう…楽しみだった…とってもとっても楽しみだった…

それでいいんだ

テスト最終日だった。一教科のみで、コミュ英IIだった。テスト範囲から満遍なく出題された。授業プリントの細部に至るまで勉強していないと点数は取れないだろう。お情け問題が無かった。先生、本気だ、と思った。胸が熱くなった。舐め腐って勉強してこなかったので、解けなかった。マスクしていることをいいことに、下唇を思い切り噛んで悔しさを露わにした。なんで?

「英語上手くなりたい」と思った。「何て書いてるか読めるようになりたい」と思った。上手くなりたいってなんなんだ。何て書いてるかは授業ちゃんと受けてたら分かるんだよ。先生の熱い思いに応えたかった。ちゃんと授業を受け、勉強した者のみが挑むことのできる、先生との真剣バトルを、わたしも繰り広げかった。わたしが受けたのは本当にテストだっただろうか。アンケートをしているみたいに、手応えがなかった。同じテストを受けたかおるちゃんと、教室を出た後すぐに「本気(マジ)だったね」と話した。

帰りにかおるちゃんとスタバに行って、抹茶×抹茶ホワイトチョコレートを飲んだ。かおるちゃんは抹茶×抹茶ホワイトチョコレートフラペチーノを頼んだ。ツイッターをやめた話をした。かおるちゃんはツイッターをしているが、本当に見たい人のツイート通知をONにして、通知が来たらツイッターでツイート見るみたいだ。タイムラインは一切見ないそうだ。

「ナイスだよ」と言われた。ナイスな友だちだわ、と思った。かおるちゃんの、食べづらいものに苦戦しながら食べるところが好きだ。フラペチーノ、飲みづらかったらしい。飲みづらさを報告してくれるところが好きだ。道を歩いていると、自転車や車がいないか立ち止まって確認するところが好きだ。後ろに車がいないか何度も確認するところが好きだ。車はまだ離れたところにいて、ぜんぜん通れるのに、車だ、と言って通らないところが好きだ。だめだめになってしまわないよう自分でコントロールしようと努めているところが好きだ。ひとりで好きな場所やイベントに出かけるところが好きだ。バイトの制服をまだ返せていないところも好きだ。スマホ音ゲーを2、3時間するところが好きだ。スタバの店内1時間までを、ちゃんと守るところが好きだ。

専門学校に行って、友だちができるか、気が合わなくともやっていけるか不安だった。かおるちゃんがいるから大丈夫と思った。友だちができなくても、かおるちゃんがいるから大丈夫、の大丈夫ではなく、気が合う人がいない、友だちができないと悩んでいたら、かおるちゃんは励ましてくれるだろうから、大丈夫だろう、の大丈夫だ。依存をしないように気をつけよう。重くのしかからないように気をつけよう。難しい。難しい。誠実を第一に。

かおるちゃんは、夏休みにいきなりテンションの高い手紙を送ったら、それ以上のテンションの手紙を送ってくれた人で、一緒に〇〇しようよ、とかはあまり言わないけど、記念にプリクラ撮ろうよとか、ツーショット撮ろうとか言うような人で、わたしは、本当に嬉しくなる。「校外学習の日に好きなアイドルのラジオの生放送があるから、わたしずっと片耳にイヤホンつけてるかもしれない」と言ったのは、本当に愛おしかった。どうしても聞きたいのだろうな。もうそんなら両耳つけたらいいのに。でもそれでは少し寂しいな。わたしはまじまじと白くまを見て、可愛いなーってつぶやいて、片耳にイヤホンつけたかおるちゃんは、ただ風景として白くまを見て、白くまだなーってちょっと思えばそれでいい。それぞれでそれぞれの楽しいことをしていたら、楽しいよ。それでいいんだ、わたしたち。

電車に乗るのが何ともなくなってきて、この時間をどう過ごすか考えるようになった。スマホを見たり、音楽を聞いたり、本を読んだりする。

俯いてばかりだな、と思って、顔を上げてみた。スーツを着た長身のイケメンが目に入った。その人の周りの空気は澄んでいるように感じた。マスクをしていなかった。マ、マスクしときなよ、と思ったが、この顔を見せるためにマスクをしてないんじゃないか、と勝手に納得した。

制服姿の人がいて、全日制の学校だったら遅刻だろうな、と思った。学校嫌なのかな、と気になりつつ、駅に着いたので電車を降りた。

サラリーマンの中年男性のことを思い出した。学校が怖くて電車で涙を流していた(少しそんな自分を悲劇的だと思い酔っていた)私を見て、明らかに動揺してくれたサラリーマンの男性。見ず知らずの訳もわからない女子に、あれだけ心を動かしてくれたあの男性は、素直で優しかったのだ。

ツイッターをやめた。誰かが撮った事件の現場写真、人身事故の現場写真、飛び降り自殺の動画を、見ないでいたい。簡単にアクセスできてしまう。この場を、自分から没収しないといけない。少しでも油断すると、アクセスするから。

自分を知ってもらった気になるのに違和感があった。他人を知った気になるのが嫌だった。近くなく、遠い存在だ。多弁になるのが嫌だった。泣きごとばかりツイートするのが嫌だった。

ふやけた生活のなかで

①だめだめな自分はどうすれば少しはマシになるか考えなければ、もう他に置いてかれてそのうち寿命がきてひっそり死ぬとか、何の機能もしなくなる、もっと意味がなくなるんじゃないかと思ってしまい、部屋のなかでカーッと頭を働かせる。

外に出られなかった頃は、部屋で黙々と考えていた。「もう自分のこと考えるの飽きた!」と思ったのは、実践をまったくせずにいたからかもしれない。外から得るものがなかった。

外では予想外なことが起きる。意外と楽しかったり、思わぬところで辛かったり厳しさに打ちひしがったりする。考えていたことが通用しなかったりする。

自分と向き合っていると言われることがある。この言葉にデロデロに甘えずに、「自分と向き合うこと」と「単に自分を責めること」の線を引かないといけないと思った。

なんとかやりきってみよう。自分を構いたくなってもやりきることを第一に。いまのわたしは外に踏み出して、頭よりまずは体をめいいっぱい使ってみたほうがいいんじゃないかと思う。ぜったい自分を構いたくなるけど、堪えろ!堪えるんだ!まずはやりきろう、ガタガタでいいから、やりきろう。

 

② 自分は人並みに辛いことを経験しないといけないと思っている。けど人並みに辛いこととは?わたしはわたしで辛いことがあって、あの人はあの人で辛いことがあるだけのことでは?わたしはわたしの辛いことを経験するだけじゃなく、世間一般に辛いことと思われるようなことも経験しないと、自分は人並みに、一人前になれないと思っている。これは「みんなつらいんだから」に繋がることかもしれない。

 

③ 合格をいただいた専門学校から誓約書が届いた。主観的に要約すると、「入学後は、休まないでね。圧をかけているよ。ここにサインして11月中に返送してね」ということだった。念を押された。誓わないといけない人間であるのが恥ずかしかった。誓いを避けてきた。自分を信じるのを避けてきた。そのくせ、いつかの自分は信じる。だから専門学校を受験した。試験の面接では嘘をついた。嘘というよりは理想だった。こうなっていてほしい、こうあってほしいと願いを込めていた。

いまの自分といつかの自分があまりにも離れている。実感がない。実感がないのは危険だ。いつかのことだけ信じられる。いまのわたしの生活をよく知る家族からは、信頼されていると思わない。当たり前です。心配されているのは感じる。

 

④ 「部屋の中だけで考えていることは、外では通用しないことがある」これには実例がある。わたしは家族には言葉で伝えなくとも伝わっているものだと思っていた。怒っていることや、傷ついていること。

母と話した。ぜんぜん伝わっていなかった。母のことなにも知らなかった。家族に本心を話すことも、他愛のない話をすることもしてこなかった。それなのになぜ言葉で伝えなくとも伝わると思っていたのか!言葉で伝えなくとも伝わるのは、対話のもっと先にあるのでは!

 

⑤大丈夫になっても大丈夫だから、安心して大丈夫になろう、大丈夫を目指そう。大丈夫になっても、いまとは違った辛いことや苦しいことに出くわすだろう。大丈夫になっても、わたしは大丈夫じゃなかったころを忘れない、そのころを引き摺りたいだけ引きずる、考え続ける、構いつづける。わたしは大丈夫になりたい。大丈夫になって、あの頃の自分やともだちや誰かに、やさしく声をかけたい。

 

⑥「信じている」とか「頑張れ」という言葉を猛烈に欲していた。頑張ってないようにみえるけど、いつも頑張りたい気持ちがある。そのことを信じてほしかったのだと思う。都合良すぎかもしれないけど!スタンドバイミー!

小学生の頃からお世話になって、高1で行くのをやめた美容室に、久しぶりに行った。ずっと髪を切ってくれていたおっちゃんに、話の流れから、「訳あって高校4年生なんですよ」と言った。そのときは「そうなの!」と驚かれただけだったが、髪を切り終わってお会計が済んだあと、「頑張ってね」と言われた。迷いがある頑張れだった。嬉しかった。おっちゃん、妙な顔をしていた。半笑いのような、すごい真面目な顔のような。

三者面談だった。朝から気が重かったが、今回はもしかしたら穏やかに終われるんじゃないか、と期待している気持ちもあった。

母は電車では真っ先に席に座るし、座れなかったら明らかに不機嫌になる。去年に手術をして、もっと体力が落ちた。

そんな母が電車と徒歩合わせて1時間半を費やして来てくれる。

母は10分前に学校に到着し、食堂近くのベンチに座っていた。すぐ横の自販機で飲み物を買ったのだろう。持っていた小さいペットボトルはもう空だった。前に「手術してから滝のように汗がでる」とボヤいていたのを思い出した。きっと汗を垂らしながらやってきて、ベンチに座っても汗が止まらなかっただろう。昼休みだから食堂前には生徒がたくさんいる。そのなかで母は待ってくれていた。嬉しさ有り難さと恥ずかしさでは、恥ずかしさが勝っていた。母の腕を掴み、人の間を縫って、そそくさと懇談の教室に向かった。

懇談が始まった。いきなり成績表と出席状況の紙が机の上に。「はぁ〜、あんた10も休んでるやん」と頭を抱えながら母は言った。「うーーーん」「はぁーーー」オーバーリアクションだ。大げさに見えるけど、母にはそんなつもりないのだろう。覚悟していたけれど、傷ついた。先生と母どちらも目を合わせたくなくて、机の木目を見ていた。先生は戸惑っていた。

いつもこうだ三者面談。穏やかにすんだのなんて小学校だけだ。とはいえわたしは6月から6日しか休んでいない。来年から専門学校に通うことや、精神をコントロールできるように、健康でいれるようにと頑張った。だから今回は穏やかに終わるかもしれないと期待していた。

これまで何度も母を落胆させたからだ。1日でも休んだら母は「また引きこもるんじゃないか」と心配するのだ。懇談の間、信じてくれよと少しだけ思った。でもこんなんじゃ無理だ。

進路はもう決まっているので、他に話すことはなく、ただ欠席日数に落胆するだけで終わった。ものの10分だったが、重たく長かった。

母とふたりきりの下りエレベーター、わたしは用事があったので途中の階のボタンを押した。見送ろうと思っていたが、余裕がなかった。

母に「嫌そうな顔してる」と言われた。下を向いたまま「これでも頑張ったから」と返した。

エレベーターの強制的なドアの閉まりによって、ちゃんと有難うともバイバイとも言えなかった。

懇談が始まって、母の呆れに近い嘆きを受けてから、ずっと泣きそうだった。やっぱりかと思った。エレベーターを降りてからは、自分の言動が恥ずかしくて泣きそうだった。母はこの10分のためにここまで来てくれたのだ。

母が作ってくれたお弁当を食べる。目が温かい。どうにも申し訳なくなって、母に「暑い中きてくれて有難う」とLINEを送ったら、「まぁ、ごはんゆっくり食べり。せったく出てきたから、○○○でパン買って帰るわ」と返信がきた。○○○はわたしの元バイト先だ。ひっこめた涙が、またでてきた。

母はどんな思いでエレベーターを降り、駅へ向かったんだろう。せめて見送ればよかった。