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日記です

友だちのかおるちゃん

かおるちゃん(仮)は、定時制高校で出会った友だちだ。去年の秋に同じクラスになった。気が合いそうだ!と直感して、警戒されないようにと、ニヤニヤして声をかけた。ナンパみたいで気持ち悪かったと思う。

会ったらなんとなく話すようになって、校外学習を一緒に回ることになった。

美術鑑賞をした。アダムとイヴが題材の絵を観て、「空が暗いから林檎をたべちゃった後なのかな」とかおるちゃんが言ったとき、なんだかすごい人といっしょにいるな…と感じたのを覚えている。ふたりでじっくり絵を観た。

それから、いっしょにお昼ごはんを食べるようになった。いまもそうだけど、あまり会話は弾まないし、毎回おなじ話題な気がする。おたがいの好きなものを紹介しあっている。かおるちゃんはツイッターとインスタを駆使して情報を仕入れていて、いろんなものを教えてくれる。かおるちゃんは本が好きで、絵にも興味があって、可愛いものが好きだ。2020年に催される美術作品展「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(61作品すべて初公開!)に行く約束をしている。日本初来日のゴッホのひまわりをいっしょに観る…なんてすてき…

かおるちゃんが好きなものについて話す姿が好きだ。こちらの目をまっすぐに見て、「〜なの!〜なんだよ!」と良さを伝えてくれる。かおるちゃんはテキトーなことを言わない。嘘がない気がする。こちらの何気ない問いにも、ゆっくり時間をつかって正確に答える。なのでこちらもテキトーなことはしないよう慎重だ。

ぱっと見のイメージでは、「かおる」より「かおり」な感じがするけど、こういう真面目で真剣なところが「かおる」な感じがして、かおる(仮)とした。

かおるちゃんと友だちになれて嬉しい。

今年も奇跡的に同じクラスになった。お互い休みがちなので、会えることは少なかったけど、最近はふたりとも頑張っているのでよく会える。

この間、学校終わりに遊んだ。タピオカを飲みながら話した。それから本屋を回った(めちゃくちゃ楽しかった)。「どうしようか?」「なにする?」と言いながら、駅の周辺をぐるぐる回った。おたがい遊び方が分からない。けどとても気が楽で、たのしかった。ぐるぐる回ってからは、駅近のショッピングモールの外にあるベンチに座った。またぽつぽつとお話をした。

わたしがバイト先で媚びてるんじゃないかと嫌になるんだ、と話したら、かおるちゃんは「うーん」と頷いたあと、スマホを見た。ちょっと寂しいな、と思っていたら、かおるちゃんがバッと顔を上げて、「媚びじゃないよ!」と言ってくれた。いままで聞いたなかでいちばん大きな声だった。かおるちゃんもびっくりしていた。「媚び」の定義がよく分からず、スマホで「媚び」を検索していたようだった。テキトーなことは言わない、かおるちゃん。

長井短さんのコラムが好きなんだ、と伝えると、すぐにコラムを読んで「めちゃいいね!」と言ってくれた。長井短さんが夫の亀島一徳さんとやってる交換日記もオススメした。

それからわたしは意を決して、「交換日記しない?」と言った。かおるちゃんは驚きも戸惑いもせず、「しよう」と言った。こちらが面食らった。

「青春は向こうからやってこないよね」ということで、やりたいことをおたがい言っていった。下鴨神社納涼古本まつりに行くとかクリームソーダを飲むとか修学旅行をするとか、クリスマスプレゼントを贈りあうとか。交換日記のいちばん初めのページに書こう。

帰り際、かおるちゃんが「そういえばぬくちゃんと写真撮ったことない」と言ったので写真を撮ることになった。うれしかった。駅なかの大きなクリスマスツリーをバックに、写真を撮った。恥ずかしかった。インスタ映えなんて興味なかったけど(かおるちゃんも興味がない)、その写真を見返してはニヤニヤするので、インスタ映えもいいかもしれない。積極的に思い出をつくっていこう。

バイト奮闘記

スーパーのレジバイトを辞めて、9月末からパン屋の販売バイトを始めた。11月下旬に新店舗がオープンし、そこのオープニングスタッフとして働く。9月末から11月上旬までは、系列店舗で研修させてもらった。

ケーキ屋さん、お花屋さん、和菓子屋さん、など、「さん付け」で呼ばれるところで働くのに憧れる。バイト何してんの?と訊かれて、「パン屋さんです」と答えるときのすこしのドヤ感。(いま気づいたけど、誰かに話すときだけ可愛こぶって「パン屋さん」って言ってしまう)

パン屋といえば『魔女の宅急便』で、バイトが辛くても、13歳で一人立ちし頑張っているキキを思えば、なんだってできると思っていた。あのポスターのキキのように、物思いにふけた顔をして店番をし「おちこんだりもしたけれど、 私はげんきです」って心のなかで唱えたかった。

軽率だった。老舗の店だからか、教育が行き届いていて、バリバリ体育会系だった。キキの働くパン屋も立派な佇まいなので、もしかしたらキキもそうなのかもしれない。お客さんは滞りなく来店し、パンを袋に入れることに追われていた。キキ気分に浸る余裕はなく、心のなかは「パン落とすな」「パン崩すな」「やべえ」「パンがスベる」「やるしかねえ」だった。

店長は程よく厳しく、程よくいい加減な人で、接しやすかった。どの従業員ともフランクに話している。ユーモアをこれ見よがしに押し付けてくることがあるが、嫌ではなかった。

明るく良い人ばかり働いていた。びっくりした。チームワークを大切に、そのために人間関係を円滑に。みんなフォローしたりお礼を欠かさず伝える。「良い人ばかりですね…」と言ったら「変な人は辞めていくなぁ」と返ってきた。ここではみんなが真面目に働いていたから居心地がよかったけれど、こわくなった。自分は変な人側な気がするから。仕事をしにきているけど、人間関係にも気を配らないといけない。雑談はやっぱり苦手だ。

 

1ヶ月半の研修を終えて、いよいよ新店舗で働く。バイト経験があるからか、研修のときもそこまで緊張しなかった。過去のわたし、ナイス!

オープン2日目に、新店舗初出勤。たくさんのお客さんが来た。社長も店にいて、お店を活気づけている。その社長がですよ、男性のね、ええ、なんかちょいチャラいんですよね、40代くらいのね、その人、もう一人の女性の従業員にデレデレなんですよね、肩ポンポンとか頭ポンとか手の甲でその女性の頬をスリっとするんですよね、ありえねえ!わたしはぜんぜんされなかったけどね、されても微塵もデレないと決めてるけどね、でもきっとされたら笑ってやり過ごすんだろうな。

そんなモヤモヤを抱えつつ仕事し、初めてのことに慌てたりミスったりして、バイトが終わったときは、心ここにあらず、な感じだった。外は顔がうっすら見えるくらいに暗くなっていたから、疲れ切った顔で、だらーんとして歩いた。仕事は反省ばかりで、取ったメモを整理したのを書く用の小さいリングノートを買おうと、ロフトへ寄った。

うお、くっそー!クリスマス!気が早えよ!視界にチラチラと赤と緑。ロフトの便箋コーナーにはクリスマスカードがあって、だれかに贈りたいなぁと思いつつ、それくらいのお金しかないな、と悲しくなった。だれかにお菓子いっぱい入ったどでかい赤い長靴プレゼントしたいよ。ロフトのレジは長蛇の列で、だれもこんなどこでも買えるノートをひとつ持って並んでないよな、とか思って、ばかばかしくなって帰った。

新店舗でのアウェー感にうろたえている。ここにいる自分が嫌だ。嫌なのに笑って流すとか、面白くなくても無理して笑うとか、リアクション大きくするとか、相手に都合のいい嘘をついてご機嫌とったりしてしまう自分が嫌だ。心にもないことを言わないでいたい。でも、円滑にコミュニケーションをおこなうことが目的だから。

そういえば「YOUは何しに日本へ?」で、トルコ人の男性が岸和田だんじりに参加しに日本へ来た回で、トルコ人ドーアンさんが岸和田のお兄さん方に挨拶するも無視を決め込まれるなか、お兄さん方に認められたいと、トルコの伝統的なお酒で交流を図ったりして頑張る姿を見て、ここで働かせてもらうのだから、尊重し歩み寄る姿勢を見せた方が良いのではないかと、思ったのだった。

子供だって立派に媚びるし気を遣う。それがいけないことだと思ってきたけど、大人になったらそれをしないといけないときがあるようだ。でも、媚びと気遣いの違いに気をつけよう。

「ヘルプで入ってほしい」と言ってもらえて、研修していた店の方でも働くことになった。案外うまくやれていたのかもしれない。でもそれは偽りのわたし…そんなに明るくない…けど仕事を評価されているのよ。がんばったからね、よかったね、わたし!

すみっこ文化祭

「文化祭まであと0日」と書かれた大きな貼り紙が、二階の渡り廊下の窓に貼られていた。机を運んだりと設営をする人たち。クラスの出し物の準備に参加しないといけないのに、わたしは講堂の前で突っ立っていた。仕事を放棄することに理由が欲しくて、本を読んだ。黙々と読んだ。ヤンキーが顔を覗き込んできても、前に人が通っても、本を読んだ。

クラスの出し物は何なのか分からない。毎週水曜日にHRがあって、後期からは文化祭の取り組みをしていたのだけど、水曜日を必ず休んでしまっていた。なのになぜ来たのか。演劇部の文化祭公演の手伝いがあるからだ。朝のリハーサルを終えて、公演場所の講堂からは出ないといけなくなって、どうしようもなくて、とりあえず本を開いた。

飲食の出し物をすることは知っている。今頃クラスの人たちは食堂で準備をしているだろう。わたしは何をしているんだ。「いままで休んでいた身で申し訳ないんですけど、お手伝いさせてください」と言うんだ。言いに行け!と奮い立たせるも、どうしても行けなかった。

出席もつかないだろう。それはもういい。演劇部の公演がなかったら、きっと文化祭には参加していなかっただろう。当日だけノコノコやってきて、特別活動時間を稼ぐだなんて、そんなことできない。これは自分への罰だ。都合のいい罰だ。担任の先生は気にせず迎え入れてくれるだろうに。ただわたしは、自分の身を晒すことが、自分を認識されることが、怖かった。一瞬でも冷ややかな目を向けられることが怖かっただけだろ。

迷いに迷って結局なにもしないとか、ごにょごにょしてなにも伝わらず終わるだとか、そんなことが多すぎる。いまもそうで、参加しないと決めたのに、開き直ることもできず、冷や汗を垂らして本を読んでいる。

どうすればいいのか、よかったのか、ほんとうに分からない。いや、分からないフリをしている。

前の高校での勉強合宿で、夜ご飯にBBQをしたときも、どう振る舞えば良いか分からず、隅に突っ立って水を飲んでいた。優しいクラスメイトにお肉をもらい、食べた。その肉が喉につまり、咳き込むことも呻くことも助けを求めることもできず、ひとりで死を覚悟した。

幼稚園のお遊戯会でダンスをしたとき、自由に踊るタイムで棒立ちだった。何かしたほうが良いのは分かっていたが、棒立ちだった。迷いに迷うがタイムリミットが来て頭が真っ白になり、真顔で棒立ちになる。小学三年生の運動会のダンスでも、最後の自分で考える決めポーズが、ひとりだけ棒立ちだった。どうしたらいいか分からなかった。

いまも、棒立ちだ。なにしてんだ。部活に入ったりバイトをしはじめてから、「しなくていいのか、したほうがいいのか分からず、結局なにもしない」のはやめた方が良いと学んだ。けど、けどさ…

こんなときは幽霊になりたくなる。自分はいま幽霊だと思い込む。優しい人にだけ見えていればいい。厚かましい幽霊だ。助けを求めていやがる。こんなこと卒業しようと思っていたけれど、またやってしまった。

前の担任の先生が「○○さん、クラスの準備いかないんですか?」と声をかけてくれた。わたしは辿々しさと申し訳なさを演出しながら訳を話す。先生が「開会式で出席を取るから、後ろの方でもいいから行ってみたら?」と優しく返してくれた。

こうして声を掛けられる気はしていた。待っていた部分もある。でも、はじめから行かないと決めていた。自分の中で文化祭はなかったことになっている。演劇部の文化祭公演にだけ参加する。そのためだけに来た。

もう18歳で、こんな優しさを受けてはいけないのは分かっているし、未熟なのも分かっていて、いいかげん卒業しないといけないのだが、卒業するには、恥を晒すしかない。こんなプライド捨てちまえ!

なんだこのプライド。わたしは上手くできないし喋れないしオドオドしてて気持ち悪いけど、完璧でいたいから、完璧な理想像があるから、恥を晒したり失敗したくなくて、なにもしない行動をとるのだ。学校へ行けないのも、このプライドが関係しているように思う。優しさを自分の心を満たすためだけに受け取り、しないといけないことを放棄する。

「開会式なので体育館に集まってください」のアナウンスをなかったことにした。隠れるようにして座り込んだ。この時間に意味が欲しくて、こんどはイヤホンを耳にさして、ラジオを聴いた。

開会式が終わり、演劇部の方々が講堂前にやってきた。担任の先生もやってきた。「気にしないでいいのに。午後から店番あるから来てくれたら助かる」と言ってくれた。惨めで仕方がなかった。惨めだったけど、すこし嬉しさがあって、こうなったら嬉しさを完全に無くさねばと思った。学校にちゃんと行っていたら、毎日行っていたら。

公演が終わってからは、クラスの出し物の受付をやった。都合いいなおい。クラスの出し物は「焼きおにぎり茶漬け」だった。用意周到で、とても申し訳なかった。

申し訳ないと思っとけば許されるなんて思うな。恥を晒して生きていけ。もう卒業するんだ。

すぐに完売し、仕事は終わった。することがなくなって、どうすればいいか分からなくなって、校舎の隅で本を読んだ。閉会式に出て、家へ帰って、泣いた。

10月25日

ここ最近、玄関のドアに触れていない。靴を履いていない。外に一歩も出ていない。やばい、やばいぞ。この状況は過去に何度も経験した。慣れるわけない。だから余計に苦しい。私的に解決方法は、顔洗って歯磨いて着替えて外に出る!これがむずかしい!

生活習慣が、習慣ではなくなってしまって、やることひとつひとつに意志が必要になる。

意志…物事をなしとげようとする積極的なこころざし。スーパー大辞林 より

家族や担任の先生に「意志がない」とよく言われた。学校に通う意志がない。そんなわけない!意志はある。ありまくる。朝起きるのも顔を洗うのも歯を磨くのも着替えるのも、外に出るのも電車に乗るのも乗り換えるのもバスに乗るのも学校の門をくぐるのも上靴を履くのも、強い意志がいる。葛藤する。体のしんどさ、憂鬱さ、やるせなさ、申し訳なさ、行きたくなさ、怖さに、毎日毎日ひっかかる。こんがらがって倒れるときとか、すんなり解けるときとか、いろんなパターンがある。

いまも母に、意志がないと言われる。学校に行きたいに決まってるのに、なんで行けないんだろう。いまも毎日毎日ひっかかる。

強い意志を持っていても、できない。甘えているのか、意志ではないのか?

こういうことをカウンセラーの先生と一緒に考えている。はぁ、道のりは長い。でも、考えることが役に立って楽になることを知っている。過去の自分ありがとう。それからカウンセラーの先生、ありがとう。家族とわたしの周りの皆さま、ありがとう。

がんばってひとつひとつクリアするしかない。クリアする方法、というか自分にはクリアできる体力と気力がない気がする。言い訳だろうか。なんでみんな学校に毎日いけるんだろうと疑問に思っていたけど、みんなにとっては毎日行くのが、行けるのが当たり前だからなのかもしれない。ずっと認めたくなかったけど、そうなのかもしれない。当たり前をどこかで落としてしまった感じがする。どこで落としたのか見当もつかないから、もう諦めて、自力で当たり前を手に入れるしかない。

つらいな。いらない当たり前ばっかりいつのまにか持ってる。深夜3時にお風呂入るし、家にいるのが当たり前だし、ベッドに横になるのが当たり前だし、すり替わったのか?

あー!ほんと、ほんと、考え抜いてやる。くそ!くそくそ!くそう!未来のわたし待っとけよ〜!

これでも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、未来がたのしみなんだよな。

さっき、母に学校を休んだことを怒られたあと、少ししてから みかんを食べたら、母に「みかん食べてる場合ちゃうやろ!」と怒鳴られた。

みかんはちょっと理不尽に感じたけど、自分でも思う。そんな場合じゃない。学校行けてないくせに、未来のことなんて。でも、ちょっとたのしみ。過去の自分に何度か救われたから。あのとき演劇部に入ってくれてありがとうとか、不登校のこといっぱい考えてくれてありがとうとか、こうしてブログ続けてくれてありがとうとか。

だれかの記憶や思い出のなかに、片隅にでも真ん中にでも、わたしが存在しているんです。思い入れを持ってくれてる人がいるんです。わたしも思い出があるし、大切な人がいる。それを忘れて死にたいとか思っちゃうよな、そりゃ死にたいときは考える余裕ないからね。やっぱ余裕ないと生きていけないね。

そう、あの、なんか最近、やっとわたしの時代キター!って感じたんですよ。だって、わたしの大好きな阿部サダヲさんは、わたしが産まれたときには31歳!もうその時には結婚してやがる!結婚できるわけない!

でもこれから、同世代のスターが誕生していくわけですし、もう誕生してますし。そんな人ともしかすると、仕事したり結婚できたりするかもしれないんですよね。デビューの瞬間を見たり、ファンになったりも!

いつか、すてきな友だちができるかもしれない。深夜のファミレスで熱い議論を交わしたり、お酒飲んで友だちに介護されたり、合コンしたり、もしかしたら恋人ができるかもしれない。

高校卒業したら、就職して仕事バリバリやってるかもしれないし、大学行って勉強してるかもしれない。

まだ知らないことが未来にはいっぱいあるんだよ!エヴァの最新作アフレコしてるってよ!「時期が来ればできないことはない」って好きなひとが言ってた!その通りかもしれないね、その通りじゃないかもしれないね。

なんとか生きてこれたから、これからもなんとか…できませんかね…わたし…

ちょっと分かった。学校の廊下に貼られた「部員募集」のポスターを眺めてたり、オーディションの情報を探してみたり、がんばってちゃんと寝たり、起きたりしているのは、未来のわたしのためだ。ちょっとは頑張れている。

がんばって体力つけないとな。元気になりたいな。現実のつらさをちゃんと分かってないのかしら、未来がちょっとだけたのしみだよ、そのために、どうにかしなくちゃ、つらいけどさ!

10月18日

匂いを感じて、周囲を見渡す。あんなところから、この匂いがやってきたのか!

やっと金木犀の匂いを嗅ぐことができた。

ちょっとばかり引きこもっていたわたしは、ツイッター金木犀の花が咲いたことを知ったのだった。

だいだい・みどり・ちゃ の金木犀を、みどり・ちゃ だけの金木犀に変えていく幼稚園児だった。

花咲か爺さんのように、集めた花を撒き散らしたこともある。空中に だいだい色。きれいだった。

チリトリに摘んだ花を集め、家に持ってかえり、半分に切った牛乳パックに詰め替えて、トイレに置いたこともある。

🌳🐕🌳

ツイッターの呟きで、金木犀の花が咲いたことを知ったときの、なさけなさ。母の日、姉はプレゼントを用意していることを知ったときの、あの不義理感に似ている気がする。

思い入れのある金木犀だったゆえに、秋の季語である金木犀だったばかりに、ショックが。金木犀はわたしのことなんとも思ってないのは知ってるけどさ、なんか、ごめんな。

あぁ、屋内で完結してしまう生活。

まあまあ、苦しい日々でした。いまは元気。学校に行けてもツラくなるのですね。体力が追いつかないので、運動します。あさにランニングとかすると、散歩犬に出会えるので良いかもしれない。ロールケーキみたいに寸胴だった柴犬をもう一度みたい。

学校に行って、自分の体力のなさや、頭の悪さを知って、悲しくなった。取り戻して、鍛えたい。

頼ることができるようになった。自分の力だけではどうにもならないので、スクールカウンセリングに行ったり、母に漢方薬を買ってもらったり、「合宿」と称して、姉の部屋に布団を敷き、スマホをいじらず寝て、間に合う時間に起きる。

合宿するようになってから、姉と喋ることが増えた。協力者を得たような気がする。姉は看護学校に通っていて、看護師を目指している。心強い。健康になるぞ。

プライドは捨てよう…助けを借りよう…といってももう18歳なんだよなぁ、大人になって生きていけるのだろうか。診察代も薬代も起こしてくれる人もいなくなる。いまのうちにどうにかしたい。

健康じゃなくちゃできないことがたくさんある。せめて大人になったとき、健康であってもなくても、いのちをだいじにできますように…ひとにやさしくなりたいよ…でもやさしいってなにか分からないな。ていうかなんでやさしくなりたいんだろう。せめて自分の頭で考えた結果のやさしさを持ちたい。

10月4日

朝、なぜか目がパッチリ開いた。体も動く。ごはんを食べて、顔を洗って歯を磨いて、メイクして着替えて、昨日の晩ごはんをお弁当に詰めて、家を出た。

自転車で駅へ向かう。わたしやるじゃん。でも電車に間に合わないかもしれない。

坂を下っていると、うしろでカランカランと音がした。なにか落ちたな、嫌な予感。片手でリュックのチャックを触ると、ない。アクリルキーホルダーが、ない。

もう、いいや。自転車は漕がなくても進んでいく。電車があるし、もう、いいや。憧れだったオサムグッズのアクリルキーホルダー。最近買ったばかりだった。可愛い金髪の女の子のキーホルダー。

電車のホームに駆け込むと、目の前で発車。間に合わなかった。そんなことならキーホルダー… リュックのチャックを触る。やっぱりない。

心のダメージは少なかった。つぎの電車でも間に合うし。1時間目から出席できることのしあわせ。

流れる景色をみる。日の光やみどりの色が夏より目に優しくて、秋だなぁとしみじみした。

1・2限は古典で、3・4限は現代文。国語づくしの時間割だ。現代文の授業は、演劇で知り合った同い年の友だちも同じだった。

その友だちとお昼を一緒に食べた。演劇のこととか、いままでの学校生活の話をした。

そのあと、併修している通信の授業を受けに、教室へ向かった。なかなか会えなかったひとに会えた。「前の高校で同じクラスで同じ部活だった友だち。時期はズレたけれど、わたしとその友だちは、同じ定時制高校に転入した。また同じ教室で授業を受けられるのが、懐かしくてうれしかった。

日本史の授業はとても面白かった。いつのまにか姿勢が前のめりになって、聞くことに必死になった。授業を休んでいた私、大馬鹿者ですよ。(通信の授業なので、年間4回のスクーリングで単位が取れる。あとはレポートを提出するのみ)

お母さんお父さん本当にごめんなさい。学校はちゃんと行かなくちゃ。バイトのお給料で、すこしは学費を払おう。

安心して通える学校だ。わたしはこの学校が好きだ。だけど、なぜか休んでしまう。

学校に行けたら勝ち、行けなかったら負け、など思わないようになりたい。学校に行けた行けなかったで、自分の価値を変えてしまうのを食い止めたい。

家への帰り道、小学校の下校時間と合わさった。慎重に自転車を漕ぐ。替え歌で笑っているふたり組の男の子がいて、懐かしくなった。

行き道でさよならしてしまった、アクリルキーホルダーを思い出す。あのキーホルダー、だれかの宝物になってくれないだろうか。

小さい頃、下ばかり向いて歩くこどもだった。だれかのキーホルダーを、見つけたことがあったな。道路の溝に落ちていた、ねこのマスコットキーホルダー。毛羽立ってゴワゴワしてすこし汚れていた。どこのお店にも売っていない、特別なキーホルダーだった。わたしのものにしたかったけれど、葛藤のすえ、原っぱへ隠した。そういえば、姉は宝物箱のなかに、拾ったマスコットキーホルダーを入れていた。それもねこだった。ミャーちゃん。

オサムグッズは時代を超えて愛されているから、きっと一目惚れするひとがいるはず。あぁ、だれか持って帰ってくれ、訳もわからず心を奪われてくれ。

家についた。マームとジプシーの『cocoon』をみた。なんどもなんどもみてしまう。経験していないことに手を伸ばし想像して考えつづける姿勢が、かっこいい。日本史の授業では第一次世界大戦のことを習った。もっと詳しく知りたい。

19時ごろ、母が帰ってきた。晩ご飯の料理を手伝った。家事を母に任せっきりなので、手伝う習慣をつけたい。いざ手伝うとなると、恥ずかしくなるから、習慣をつけろ!

いま ひらめいたのだけれど、習慣になったやさしさは、尊い気がする。迷いはなく、恥ずかしさもなく、利益を考える間もなく行動にでる。それって本当にやさしくて、それができる人が、やさしい人なのでは。やさしさには種類があるから、それだけではないだろうけど!

夜ごはんを食べながら、母にキーホルダーの話をした。母が「じゃあ、探してみよっか」と言ったので、ふたりで散歩がてら捜索することになった。

母と歩くのが、久しぶりに感じた。いっしょに買い物へ行くこともなくなった。いま書いていて、すこし寂しくなった。こうやって一緒に暮らして話をするのも、いまのうちだけだ。

前に、ふたりの影がながーくうつる。懐かしい。きょうは懐かしいことばかりだ。

スマホのライトを使って捜索したが、アクリルキーホルダーは見当たらなかった。母は、どうやってスマホの懐中電灯機能を使うのか分からなかった。

母が「ありゃまー」とか言うので、キーホルダーが見つからなかったことにすこし悲しくなった。「ここらへん小学生が通るから、だれかが持って帰ったのかもね」と母が言った。誰でも考えることなのかもしれないけれど、わたしたち親子だな、とおもった。セブイレに立ち寄って、アイスを買って、コンビニ袋をカサカサいわせながら、帰った。母が駐車場付近でアライグマをみたことや、ダイエットしなきゃとおもっていることを話した。お父さんとお母さん、お姉ちゃんたちに、長生きしてほしくなった。こんな話をもっといっぱいしたい。

10月2日

あしたから学校がはじまる。とにかく単位を落とさないこと、規則正しい生活をすること、学生だということを頭に叩き込め!

図書室に行って、たくさん本を読みたい。あと、友だちが欲しい。なんかの部活に入ったり、生徒会とかやろうとおもう。

楽しくやってこー!楽しくやってる場合じゃないけど、楽しくやってくんだ。

いまのわたしには楽しいことに目を向ける余裕がある。お金ないから演劇は観れないけど、バイト始めたからまた観れるようになるさ。18歳になったから、東京にも仙台にもどこへだって演劇観に行くよ。本は図書館で借りれるし。

演劇をするのであったら、お金に困るのは当たり前だから とか、少ないお金をどう使うかは制作の仕事で活かせるかも とか、演劇に結びつけて考えると、ちょっと前向きになる。

いまは「来年の4月、マームとジプシーの公演に出演する」と思い込んで、ダイエットと体力づくりに励んでいる。

演劇や文章をやっていくことにおいて、第一段階の覚悟はできた気がする。向いてるとか向いてないとか、そういうのも分からない次元にいる自分だけれど、とにかくやってみないと。やってくうちに、覚悟も進化するはず!

いつか大人になったわたしのために書いてるよ。

最近ずっと、岸田國士戯曲賞 授与式の映像をみている。憧れの人と会いたいし、対談したいし、いまの自分じゃそんなん無理だし。だけど無理だとしても、頑張った結果、なにかを得ることができたら。

ゴッドタンの「お笑いを存分に語れるBAR2」とアメトークの「ツッコミ芸人が選ぶ このツッコミがすごい」をみて、好きなことを、仕事を、こんなに語れるのいいなぁ、と憧れた。

好きなこと極めるぞー!いつか深夜のファミレスで仲間と語るんだー!