Nook

日記です

がんばれワン太郎

これは、高校の家庭科の授業でつくったパペット人形で、名前はワン太郎です。

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ブログのアイコン用にちゃんとした写真が欲しく、証明写真で撮った。撮り直しは一度しかできず、真顔の自分が半分映り込んでいるのと、このドアップしか撮れなかった。シビアな時間制限と、撮影にかかる800円のプレッシャーがあった。

ブログを整理した。ブログを始めたばかりのころは、ただ文章を書くのが好きで、どれだけ時間を掛けてもいい文章でなら、だれかを楽しませることができるかもしれないと思っていた。最近は文章もどうでもよくなっていた。文章が上手くなりたい、楽しませたい、と思うことがなかった。それは文章だけに限らず、人と接するときもそうだった。記憶に残らなくていい。仲良くなりたい、あの人の何かに引っかかりたい、笑わせたい、楽しんでほしいとか、諦めていた。

つまらなくておどおどしていて、相手にプラスになることができないから、体育でペアになった人には、いつも申し訳なかった。隣の席の人にも、バイト先の人にも、一緒にいてくれる友だちにも。

それでも生きてこられたのは、こんな自分を面白がってくれた人、愛してくれた人がいたからだ。つまらないと切り捨てられた人が、どれだけ魅力的であるか、知っている。自分の未熟さも愛せてしまったから、克服しようと躍起になることは少なくなった。

だけれど自分のつまらなさに絶望する。他人の魅力や面白さを憎み、避けて、諦めて、つまらないからさ、と開き直りもできず、生きる気力がなくなって、でも愛されているのは知っていて、私を愛したことをきれいさっぱり忘れてくださいと思って、透明人間になりたくなった。

対人援助職を目指していることが、今の私を前向きにさせている。相手に「上手く話せない」とか「うまく伝えられない、伝わらない」「自分はつまらないやつだ」と思わせたくない。コミュニケーションが上手くなりたい。相手のニーズに対応できるようになりたい。平気な状態で人と話せたら、きっと楽しい気がする。

未熟さを恨み続けている人、未熟さをどうにかしようと頑張っている人がいると思う。努力して成熟した人もいる。私も捨てないといけないけれど、自分らしさはつまらなさと未熟さだけだと思ってきたから、なんだか、ややこしい。愛着があって手放しがたい。でも、未熟な大人と未熟な子ども(わたし)で良くないことが起きてしまったから、この未熟さをいつまでも持っているわけにはいかない。未熟さで人を傷つけてしまう。それも悪意なく。絶対に大人になる。

やっぱり、好きな人たちと楽しく喋りたい。そうできるようになりたい。つまらないと切り捨てられたものが、どれだけ素晴らしいか、語っていく。その語りで、誰かを立ち止ませられたらいい。そのために文章が上手くなりたい、魅力的になりたい。カウンセリングの先生に、「いつかそのつまらないとか、未熟と言い表しているものの一部だけでもいいから、自分の視点だとか、才能と言えたらいいな。上手く言えないんだけど……」と言ってくれた。

新しいブログアイコンどうですか。ワン太郎、かわいいでしょう。母は「ダウンタウンの浜ちゃんに似てるな」と言っていました。ワン太郎でお話をつくる課題があって、そのお話の題名は、「ワン太郎、はじめて電車に乗る」にしました。がんばれワン太郎。がんばってるワン太郎。社会に踏み出すワン太郎。あぁ社会は怖いけれど、やさしい人は必ずいるよ。