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日記です

いったん人間活動を休止したい。でも生きていかなければ…!

生きていけるのは、楽しい思い出や嬉しい思い出があるからだ。些細な出来事だって支えになる。あの子のここがすてきだったとか。きょうは駅のホームでサラリーマンの方が、コップ付きの水筒でお茶を飲んでいるのがすてきだった。ガタイのよい中年の男性が、コップに丁寧にお茶を注いで飲んでいる姿がなんだか可愛く見えた。それと、かおるちゃんが好きなことを語っているときにでる方言が愛おしかった。

そのことを忘れないように。なかったことになってしまわないように。

苦しい日々にも楽しいことがあるのは事実だし、苦しさによって死にそうなのも事実だ。苦しさに構ってばかりいると、呑み込まれてしまう。

つらいのは世界でわたしだけだったらよかったのに、と傲慢なことを思ってしまう。それなら思い切り嘆くことができるのに。

あー!だめだだめだ!


承認欲求が爆破寸前だ。自分で自分を承認できるようになりたい。わたしが死んで悲しむ人がいるのは事実だ。大切におもってくれている人はいるんだ。実感できているのだから、忘れないように。だけど嘆きたくなってしまう。この苦しさを、通り魔のように発散したくなってしまう。


死にたさを生きづらさを話してはいけないと思うときがある。そんなの言ったもん勝ちだろ、と思ってしまう。言ってない人、言えない人はしずかに苦しんでいるんだ。

だけど、死にたいのなかに、いろんな感情や出来事がつまっていることを忘れるな。毎日死にたいとツイートしていた人が、本当に死んでしまったことを忘れるな。

死にたいは漠然としすぎていて、軽く見てしまうときもあるけど、その死にたさはその人だけのものだから、なんというかなんというか、馬鹿にするな。