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日記です

すみっこ文化祭

「文化祭まであと0日」と書かれた大きな貼り紙が、二階の渡り廊下の窓に貼られていた。机を運んだりと設営をする人たち。クラスの出し物の準備に参加しないといけないのに、わたしは講堂の前で突っ立っていた。仕事を放棄することに理由が欲しくて、本を読んだ。黙々と読んだ。ヤンキーが顔を覗き込んできても、前に人が通っても、本を読んだ。

クラスの出し物は何なのか分からない。毎週水曜日にHRがあって、後期からは文化祭の取り組みをしていたのだけど、水曜日を必ず休んでしまっていた。なのになぜ来たのか。演劇部の文化祭公演の手伝いがあるからだ。朝のリハーサルを終えて、公演場所の講堂からは出ないといけなくなって、どうしようもなくて、とりあえず本を開いた。

飲食の出し物をすることは知っている。今頃クラスの人たちは食堂で準備をしているだろう。わたしは何をしているんだ。「いままで休んでいた身で申し訳ないんですけど、お手伝いさせてください」と言うんだ。言いに行け!と奮い立たせるも、どうしても行けなかった。

出席もつかないだろう。それはもういい。演劇部の公演がなかったら、きっと文化祭には参加していなかっただろう。当日だけノコノコやってきて、特別活動時間を稼ぐだなんて、そんなことできない。これは自分への罰だ。都合のいい罰だ。担任の先生は気にせず迎え入れてくれるだろうに。ただわたしは、自分の身を晒すことが、自分を認識されることが、怖かった。一瞬でも冷ややかな目を向けられることが怖かっただけだろ。

迷いに迷って結局なにもしないとか、ごにょごにょしてなにも伝わらず終わるだとか、そんなことが多すぎる。いまもそうで、参加しないと決めたのに、開き直ることもできず、冷や汗を垂らして本を読んでいる。

どうすればいいのか、よかったのか、ほんとうに分からない。いや、分からないフリをしている。

前の高校での勉強合宿で、夜ご飯にBBQをしたときも、どう振る舞えば良いか分からず、隅に突っ立って水を飲んでいた。優しいクラスメイトにお肉をもらい、食べた。その肉が喉につまり、咳き込むことも呻くことも助けを求めることもできず、ひとりで死を覚悟した。

幼稚園のお遊戯会でダンスをしたとき、自由に踊るタイムで棒立ちだった。何かしたほうが良いのは分かっていたが、棒立ちだった。迷いに迷うがタイムリミットが来て頭が真っ白になり、真顔で棒立ちになる。小学三年生の運動会のダンスでも、最後の自分で考える決めポーズが、ひとりだけ棒立ちだった。どうしたらいいか分からなかった。

いまも、棒立ちだ。なにしてんだ。部活に入ったりバイトをしはじめてから、「しなくていいのか、したほうがいいのか分からず、結局なにもしない」のはやめた方が良いと学んだ。けど、けどさ…

こんなときは幽霊になりたくなる。自分はいま幽霊だと思い込む。優しい人にだけ見えていればいい。厚かましい幽霊だ。助けを求めていやがる。こんなこと卒業しようと思っていたけれど、またやってしまった。

前の担任の先生が「○○さん、クラスの準備いかないんですか?」と声をかけてくれた。わたしは辿々しさと申し訳なさを演出しながら訳を話す。先生が「開会式で出席を取るから、後ろの方でもいいから行ってみたら?」と優しく返してくれた。

こうして声を掛けられる気はしていた。待っていた部分もある。でも、はじめから行かないと決めていた。自分の中で文化祭はなかったことになっている。演劇部の文化祭公演にだけ参加する。そのためだけに来た。

もう18歳で、こんな優しさを受けてはいけないのは分かっているし、未熟なのも分かっていて、いいかげん卒業しないといけないのだが、卒業するには、恥を晒すしかない。こんなプライド捨てちまえ!

なんだこのプライド。わたしは上手くできないし喋れないしオドオドしてて気持ち悪いけど、完璧でいたいから、完璧な理想像があるから、恥を晒したり失敗したくなくて、なにもしない行動をとるのだ。学校へ行けないのも、このプライドが関係しているように思う。優しさを自分の心を満たすためだけに受け取り、しないといけないことを放棄する。

「開会式なので体育館に集まってください」のアナウンスをなかったことにした。隠れるようにして座り込んだ。この時間に意味が欲しくて、こんどはイヤホンを耳にさして、ラジオを聴いた。

開会式が終わり、演劇部の方々が講堂前にやってきた。担任の先生もやってきた。「気にしないでいいのに。午後から店番あるから来てくれたら助かる」と言ってくれた。惨めで仕方がなかった。惨めだったけど、すこし嬉しさがあって、こうなったら嬉しさを完全に無くさねばと思った。学校にちゃんと行っていたら、毎日行っていたら。

公演が終わってからは、クラスの出し物の受付をやった。都合いいなおい。クラスの出し物は「焼きおにぎり茶漬け」だった。用意周到で、とても申し訳なかった。

申し訳ないと思っとけば許されるなんて思うな。恥を晒して生きていけ。もう卒業するんだ。

すぐに完売し、仕事は終わった。することがなくなって、どうすればいいか分からなくなって、校舎の隅で本を読んだ。閉会式に出て、家へ帰って、泣いた。