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日記です

9月13日

「つまらない人」という言葉がとても怖い。

「嫌いなタイプはつまらない奴とか、よく言えますね」という軽蔑とともに、その言葉を聞いた瞬間、読んだ瞬間、キュッと心臓が萎縮するのを感じる。恐怖が軽蔑を上回って、なにも言えなくなる。わたしは軽蔑できる人間ではない。

これは「可愛くて(かっこよくて)面白くて、なにひとつ敵わない人」に対するときもそうなのかもしれない。

見るからにアウトないじめではなく、「周りの人間も思っているであろうこと」を言ったり、見下している人を馬鹿にすることを、そういう人にやられてしまうと、何も言えなくなってしまう。

わたしが、つまらないからだ。なにひとつ敵わない、つまらない人間だから、何にも言えなくなる。

つまらない人間であることに、強くコンプレックスを抱いている。人と上手く喋れない。自分をつまらない人間だと思う、ひとつの理由はこれだ。

「他の人より自分は人と上手く話せない」と強く気づいたのは中学一年のころだった。違和感を捉えることができた。人と話していると、パジャマで外に出ているときのようなソワソワ感がする。捉えることができるようになってから、小さい頃を振り返ると、小学4年生のころから違和感を抱いていたことに気が付いた。

とくに、異性と話せなかった。異性との関係をどう築くかぜんぜん分からなかった。異性と仲のいい女の子や、ケンカする女の子が羨ましかった。ケンカできるほどの仲になったことがない。小学4年生のころ、軽いノリで「死ね」と言い合っている男女を見て、羨ましくなって、ぜんぜん仲の良くない、関係も築けていない男子に「死ね」と言ってしまったことがある。巻き込まれた男の子は無言で立ち尽くした。「え?」と言わんばかりの顔を見て、わたしは「なんか違うぞ、これはいけないことをしてしまった」と悟った。家庭で「死ね」は破門ワードだったこともあり、強烈な出来事だった。言い放った自分の声のトーンを覚えている。とても天気が良くて、カーテンから光が漏れていたことも、教室のどこらへんで言ったのかも、近くにいた女の子の顔も名前も、男の子の顔も名前も、男の子の近くにいた男の子の顔も名前も、覚えている。

他にも、覚えている失敗が、たくさんある。

ずっと空回りしている。

異性に関わらず、同性の女の子にも失敗した。いまも失敗している。もう、18歳。大人になってから失敗するのは、こわい。

別室登校をして、不登校になって、気の合う友だちだけと関係を持って、それ以外と関わる必要はなくなって、とても安心した。高校に入学して、上手くいかなくて、定時制高校に転入して、人と関わることを避け続けて、だからか、自分と全く違う人に対して、どう接すれば良いのか、話せばいいのか、分からない。関係を持たざるを得なくなったとき、とても怖くなる。なんか、わたし育ってない。みんな知らないうちに大人になっていく。

つまらない人間、魅力のない人間、どうでもいい人間。

わたしは人のふり見て我がふり直しすぎるところがあって、人のふりを見てからではないと行動ができない。ナヨナヨしている。オドオドしている。自分は悪口を言える分際ではない。でも、ずっと言われっぱなしでいいんですか。自分にも怒りの感情があるじゃないですか。それでも良い人として相手に接するんですか?それは何故?敵わないからか。

でもずっとずっと抑えて目をそらして、それで良いのか自分は!怒れよ!悪口言えよ!相手を罵倒しろよ!心の中でもいいから。いざというときに戦えるようになってよ。自分も大切な人も守れるようになってよ。

自分はつまらないからって何にも言わなくなるの、ほんとにつまらないよ。それがつまんないんだよ。

なに自分は潔癖な人間だと思ってんの、どす黒いこと頭に浮かぶときあるじゃん。そらすなよ、そんなんで優しい人を目指すなよ。

つまらない人が好きだ。愛おしくて大好きだ。でも、自分はこのままじゃダメだ。つまらない人はもう嫌だ。でも、つまらない人、大好きなんだ。かっこ悪い人も、冴えない人も好きで。

でもこんなわたしに好かれたところで、なんにも嬉しくないでしょ。めちゃくちゃ美人だったら、よかった。敵わない人に、好きだって言われたくなる。優しいギャルが好きなんでしょ。くそう。その役割は神様や天使や二次元の女の子に任せます。

人間として生きます、ぜったい。つまらない人は脱却します。でも、つまらない人好きだよ。つまらない人なんていないよね。でも、つまらない人でいることは、とてもつらい。

つまらなくても生きていていいじゃん、という気持ちが根底にある。このままで生きていてもいいじゃん。でも、最近このままじゃダメなことに気づいた。提供してもらってばかりで、サービス精神がぜんぜんなくて。綺麗な人やおしゃれな人を羨ましがって、上手く喋れて面白い人を羨ましがって。努力もせず、努力していることもしらず苦しみも知らずに、勝手に面白がって眺めて、傷つけられたら被害者ヅラして。

つまらない人が好きなのは、執着してしまうのは、他人に勝手に自分を投影しているからだよ。他人のなかの自分を愛しているんだよ。自己愛なんだよ。自分と他人は違うんだよ。

きょう、18歳になった。空回りばかりだけど、何にもしないことは無しにします。何にもとらわれずに話すことができる人はいますのでご安心を!あなたのことですよ。だからここまで生きてこれました。ありがとうございます。