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日記です

生きる

小学六年生、わたしは絶好調だった。いまの高校二年生のわたしとは違って、明るかった。男子も相手してくれて、中心っぽい位置だった。いいクラスだと思っていた。いまとなればあれは絆ではないと断言できるけれど、六年生のわたしは、絆だと妄信していた。クラス目標は「本当の友達になろう」だった。本当の友達とは、間違ったときに注意してくれる存在らしい。担任の太った先生がよく言っていた。わたしは間違ったときに注意をしなかった。できなかった。できない自分を責めていた。

小学六年生、わたしは名言が大好きだった。名言を読んだら自分は偉くなったように思って、ネットで名言ばかり調べていた。そしてこの名言を見つけた。

The proper office of a friend is to side with you when you are in the wrong. Nearly anybody will side with you when you are in the right.

- Mark Twain (マーク・トウェイン) -

正しい友人というものは、あなたが間違っているときに味方してくれる者のこと。正しいときには誰だって味方をしてくれるのだから。

自信を持って違うと言えた。先生がこう言っていたから。「本当の友達は間違ったとき、注意をしてくれる存在」だって。

この名言を見つけて暫くした後、エッセイを書く授業があって、「本当の友達」をテーマに書いた。マーク・トウェインを知らずに名言だけ引用するのは恥ずかしかったから、ウィキペディアを見ておいた。凄い人の考えに真正面から反論をできるのは、とても嫌なことだけれど、自分かしこいな、と思った。

発表したら、クラスのみんなが拍手をしてくれた。いちばん出来の良いエッセイだと言われ、もっと自分かしこいな、と思った。

高校二年生になってもマーク・トウェインは読まなかった。でも、この名言の意味をちゃんと自分で考えることができた。中学で不登校になった。家族に理由を話しても「甘え」と言われるだけだった。

私立の全日制高校に入学した。通えると思ったけれど、現在不登校の一歩手前だ。学校に行けない理由は中々理解されない。甘えなのかもしれないと何回も思う。甘いのは事実だと思う。けど、とても辛いのも事実だと思う。

今日は三者面談だった。先生にコテンパンにやられた。「甘え」「自分に厳しく」「意志がない」「社会に出たらどうするんだ」などと言われた。隣で母が良くぞ言ってくれたというような顔をしていたのを見た瞬間、とても悲しくなった。それから演劇部を思い出した。泣きつきたくて堪らなくなった。居場所が部活にしかないとハッキリ分かった。通信制・単位制の定時制高校に通う人たちを思い出した。その人たちはとても凄い。一緒に演劇をさせてもらったことがある。とても面白いしカッコいい。ファッションセンスも良いしお化粧もとても綺麗で、とにかく演技が上手くて尊敬していた。演劇で関わった方々にも、泣きつきたくなった。正しい友人と呼ぶのは大変おこがましいのですが、演劇で出会った方々、わたしのことをあだ名で呼んでくださっている方々、どうか正しい友人と呼ばせてください。間違っている、世間一般に普通ではない、良くはない、とされていることをするときに、味方がいないと生きていけないと思った。味方がいると生きていけると思う。

毎日通うのが前提の学校だし、学費も交通費も馬鹿にならないお金だから、学校に行かなければならない。もう定時制高校に転入しようかと思った。でももっと堕落してしまうような気がして、決心できない。それで学費や交通費、その他諸々を無駄にしてしまっている。定時制高校に入学していれば良かったなと思った。全日制高校で不幸せな人はいるし、幸せな人もいるし、定時制高校で不幸せな人はいるし、幸せな人もいることをわたしは知っている。だから、毎日まいにち辛いのなら、定時制高校に転入するのもいいんじゃないかと思う。そこで幸せになるように頑張ろう。そう思うと「全日制でも幸せになれるのかもしれない」という希望というか夢というか幻が消えなくて、諦めつけずにいる。

通信制・単位制の定時制高校などは、わたしにとっては普通のことだ。けれど先生や母はそうではないらしい。普通じゃないことがそんなにいけないことなのか。そんなに普通であることには価値があるのか。他の生徒と比べられた。あの生徒は入院していて、勉強したくてもできない、君のどうでもいい休みと違うって言われた。どうでも良くなんかない。わたしも普通になりたい、普通に生きたい。通学電車がホームに入ってきたときに、死にたいなんて思いたくない。毎日まいにち泣きたくない。でもなんで生きているのかって言ったら、生かされているからで、今日は地震があって、こっちらへんは震度3程度ですんだ。少しの時間の揺れだった。でも今日死んだ人がいる。生かされているから生きている。死にたいなんて思っているけど、死にたいって気持ちは本当なんだけれど、地震がめちゃくちゃ怖かったし、ニュースを見るたびになんでわたし生きれてんだろって思う。

マーク・トウェインがどこかに行ってしまった。生きているうちにちゃんと読もう。