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日記です

わたしの将来の夢は、からくり屋敷をつくることだ。昔から現実のなかにある非現実が大好きで、お台場に立っているガンダムはとてもカッコよく胸が高鳴る。カッパが垂直に出てくる湖も好きだ。大きなカニの看板も好きだ。

現実のなかにある非現実を初めて知ったのは、小学六年生の頃だ。芸術鑑賞として学校にプロの方々が演劇をしにやってきた。みんなで体育館へ向かうと、いつもの体育館は、まったく違う何処かになっていた。暗闇から光がすうっと差した。知らない何処かだ。知らない人に 初めてみる動物に 新しい音に 光に驚いた。夢中になって観た。劇が終わり、六年生だけ体育館に残された。何があるのだろうと思っていたら、特別に舞台へ上がらせてくれるとのことだった。ドキドキしながら舞台へ上がると、周りが見えなくなった。光が舞台上に当たっていたのだ。眩しかった。前までわたしたちがいたところは白く見えた。役者さんが「このなかで演技をしているんだよ」と話していた。舞台のセットや小道具を見せてもらった。自由行動になりわたしは戸惑った。友だちについて回ったが、ほんとうはじっくりいつまでも見ていたかった。好きな人はまじまじと見ていたり、役者さんがしていた被り物を頭に被ったり楽しそうにしていた。

素敵な世界といつもの世界の境界線をみた。境界線は黒い幕をだった。黒い幕を出ると、いつもの体育館前だった。とても寂しかった。

現実のなかにある非現実が好きだ。現実がないと成立しないところが好きだ。からくり屋敷をつくることが夢と書いたが、これはほんとうで、 可能であればつくりたい。日本のどこかにゴシック様式の古ぼけたお城を築く。石畳の階段を降りた先にある気が遠くなるほど広くて複雑な地下室には、ドラキュラの棺がひっそりとある。異世界へ通じる扉もつくるし、本棚のある本を押すと現れる秘密の部屋もつくる。わたしはそこに住まない。偶然はいった人に楽しんでもらいたい。ツイッターで拡散されないように気をつける。

現実のなかにある非現実をつくることのできる仕事について、この夢を可能にしたい。夢のまた夢。

恥ずかしいが児童文学作家になりたい。演劇もつくりたい。ルイス・キャロルのように、楽しくなるようなお話を子どもにするだけでもいい。大人にも楽しんでもらいたい。このことを書くことはとても恥ずかしいが、書いてしまう。恥ずかしいのでタイトルも無しで。じゃあ寝ます。またね。

あなたとわたしへ

不登校はいてもいい。というか、いてほしい。いても何もおかしくない。

ただ、不登校に罪悪感を抱くのはやめてほしい。不登校だから、みんなは授業を受けているからって、テレビを見るのをやめなくていい。遊びに行くのもゲームをするのも日中に寝るのも、やめなくていい。罪悪感を抱きながら毎日を過ごすのはとてもつらい。そんなつらさは捨ててください。罪悪感を抱きながら生活をすることを、自分への罰としないでください。不登校は悪いことだと思っていたら、それは違います。

ネットでは「不登校は甘え」だとか「社会に出たら生きていけない」と書かれてあります。言われたこともあるかもしれません。それを鵜呑みにしてはいけません。どうか疑ってください。

あなたの甘えは不登校だからこその甘え(弱さ)かもしれません。不登校でなかったら、その甘え(弱さ)は無かったかもしれない。毎日学校に行けないこと、朝起きられないこと、意志が弱いこと、それは不登校だからかもしれない。疑ってみてください。違うこと、違う場所なら、できるかもしれません。学校がつらい場所ではなかったら、苦手で疲れる場所ではなかったら、毎日行かなくていい場所だったら、行くときの気持ちはマシにはなりませんか。甘えだと思って罪悪感を抱いたり自分にイライラしているのはただ不登校だからかもしれない。甘えている人が不登校になるのは本当なのだろうか。では毎日学校に通っている人は甘えていないのか。甘えの種類が違うのか。「不登校は甘え」だと言う人は、どの根拠を持ってそう言っているのだろうか。ただ頑張っていないようにみえるからそう言っているのではないか。不登校の甘えのことをどれほど知っているのだろうか。考えてみてください。疑ってみてください。わたしも考えないと。

わたしは全日制の高校に通っています。毎日行けなくて罪悪感をもっていました。テレビはみませんでした。申し訳なさすぎて、お母さんが作ってくれた料理を食べられなくて痩せてしまいました。親には「服買う条件に、学校行ってな」と言われたり、「根性がない」とか「社会で生きていけない」と担任の先生や家族に言われました。どうしてこんなにつらいのか、「みんなつらい」というけれど、学校に行けないつらさは知らないだろ。わたしはあなたの辛さは分からない。あなたはわたしの辛さは分からない。お互い分からない同士だ。「みんなつらい」なんて言うなよわたしの辛さはどこに行ったんだどうなるんだ。

全日制高校は毎日行くことが良いとされていて、わたしはそれはできないから、定時制高校に転入することにしました。まだ定時制高校に通っていなくてどうなるか分からないけれど、どうにかします。(全日制高校でも休んで大丈夫です。欠席できる日数を計算しながら上手く休むのがおススメです!)

不登校の理由が分からなくてもいいです。どうしてこんなつらさを感じながら生きているのか考えてみてください。それは不登校だからかもしれない、あるいはいじめだったり、家庭環境だったり。そうなることが普通なのか、疑ってみてください。わたしは心無い発言や行動に精神を削られて学校に行けなくなりました。そんなことで?と思う人がいるかもしれません。社会に出たらそういうことはいくらでもある?

けれどわたしにとって、「そんなこと」は死にたくなるくらいに重大なことでした。学校はとても狭い。狭いけれどここで生きていかなくちゃいけないから、適応しなくちゃいけない。けれど毎日のように心無い発言や行動がおこされていたり、いじめがあるのはおかしいことなんだ。でも、そこで生きていかなくちゃいけないから、どうにかそこで生きられるようにする。わたしの場合はとにかく苦しい気持ちを押し込めることでした。でも、おかしいです。心無い発言をする人や意地悪な人に、そこまでの配慮をしなくても良かったのではと思っています。それじゃあ心無い発言をする人がとても生きやすいから。スクールカーストの上位の一部の意地悪な人を、スクールカーストの上位だからといって気を使ったり媚を売ったりする必要は無かった。面白くて空気を明るくしてくれて可愛くてかっこよくて優しくて尊敬していたとしても、心無い発言や行動をするところは嫌っていてよかったんだ。先生は優しいところもあるから、と言っていたけれど、いや、いじめをするのは問題ではないか。

一度、考えてみてください。怒ってもいいんです。なんで不登校だからってこんな扱いを受けなくちゃいけないんだとか。ゲームばかりしててもいいよ、勉強はしていた方がいいけれど、とても疲れているならまずは休んでください。わたしは学校から離れて回復しました。こんなに体が楽で気持ちも楽に生きられるなんて知らなかった。回復してから、バイトをし始めました。これからのことに全部挫折するなんてことは無い。わたしは社会で生きていくし勉強をするために定時制高校へ行くんだ。先生の言う「社会」はほんの一部分だ。社会で生きていけないなんて分からない。

どうか疑って、考えて、怒ってみてください。罪悪感は抱えなくていいよ。体育祭休んじゃってもいいよ。わたしは体育祭やすんだけれど、なんか学年一位になってみんな楽しそうだったし、負けたからって自分のせいではないです。自分だけのせいじゃない。というか体育祭に自分かかわってないし。先生に事前に伝えられるなら伝えておいてもいいと思う。あとね、不登校に悪いイメージを持っている人がいると思う。「不登校は甘え」だとか。なんというかその人は人生で一生不登校に恨みや怒りを持たないと思います。持っている人はいるんだろうか。Yahoo知恵袋がすべてじゃない。不登校のことを365日ずっと考えて怒って恨んでいる人はいないと思っています。いたとしても、少ない。もしもいるなら、その人から離れること、その人の人生に登場しないことはどうだろうと考えています。不登校を悪く思う同級生がいたとしても、その人はわたしやあなたを忘れて文化祭や体育祭をクソ楽しんでいたりするんだと思います。大した敵ではないと思う。文科省は「学校復帰のみにこだわった、従来の不登校対応を見直す方針」を立てたらしいし。

どうだろう。わたしはこの文章を、不登校で苦しんでいたわたしへ書いたつもりです。でもあなたにも届いて欲しくてあなたに向けた文章にもなりました。だからか上から目線に思えたかもしれません。本当に申し訳ございません。あなたを下に見ていません。そもそも、あなたはわたしには見えないから、どこにいるのかどんな人なのかも分からない。だからどんな人でもいい。この文章も、鵜呑みにしないでください。わたしは不登校で苦しんでいたとき、励ましを受けても優しい言葉をかけられて、すこし楽になったとしても、すぐに苦しさやつらさに呑み込まれて逃げられなかった。つらい毎日が当たり前で、「世界は広い」なんて嘘だと思っていた。自分の考えをもって、正しいか分からないけれど納得はできる考えを持って、やっと楽になりました。それからいただいた言葉を思い出して、申し訳なくなったりしています。これはわたしの考えであって、あなたの考えではないから。疑ってみてください。つらいときは考えるのがしんどいかもしれないので、まずは休んでください。できるなら罪悪感を抱えずに休んでください。

バイト初日 感想

バイトをする店舗の前で担当者を待っていたら、数少ない地元の友だちが歩いていたので声を掛けようと近づいた。なんだか虚ろな目でゆらゆら歩いていた。2、3回大きめに声を掛けたが、気づかなかった。肩をトントンしてやっと気づいてもらえた。友だちはさっきまで五時間勤務だったらしい。すごいな…。バイト初日のわたしの様子を見に来てくれたらしい。やさしい。すぐに担当者がきて、友だちとはバイバイした。ちゃんと休んでね。

あの友だちの身体的精神的しんどさを、バイトをする前のわたしは想像もできなかった。バイトを終えたあと、友だちのすごさを痛感する。いまなら真の「お疲れさま」を友だちに言える気がする。

働くって大変すぎない?ビックリしたよわたし。ちょっと。ちょっと待ちなさいよ、こんなに大変なの?

真っ暗な帰り道を自転車で漕いでいるとき、こう思った。

「働き…たく…ない…」

家が、あったかい我が家だ。あったかい我が家が待っている。帰りた〜い帰りた〜い。一刻もはやく帰ってベットにダイブした〜い。

バイトを甘くみていた。働くのはこんなに大変なのかと驚いた。一日目にして辞めたいと思った自分に一番驚いたけれども。お金をいただいていること、教えてくださっている方々に感謝して働くんだよ。レジ打ちはそのうち慣れるよ。挨拶と礼儀をしっかりね。がんばれわたし〜!!

「高校生がダメなところもあるけど、うちが高校生を採用する理由は、高校生は元気があるから」と担当の方はおっしゃっていた。いやいや高校生はみんな元気じゃありませんよ、と思いつつも、元気なふりをして研修を受けた。楽しみなことしか記してこなかったスケジュール帳が、バイトで黒く埋まってゆく。

なんだか悲しいけれど、すこしでも経済的自立をしたいんだ。社会経験を経て、精神的自立、生活的自立に繋げていければ…

あぁ…はやく一人前になりたい。働くことの楽しさを感じることができればいいな。というかまだ初日よ!!!!これからでしょ!!!!

バイト初日は無事終了した。無事かどうかは分からないが、やりきった。「お疲れさまでした」を従業員全員に言わなかったの、やらかしたかも。明日の17:00からバイトだ。挨拶ちゃんとしよう。昨日のおさらいと、レジ打ちの練習をしとこう。右手でスキャンして、左手で受け取ってカゴに入れる。暗黙のルールが一番怖いんだよな。まぁいい。大事なのはお金の精算をきっちりすること。そして初任給のことを考えるんだ。美味しいケーキを食べるんだ。

 

ハイチュウ青りんご味

ハイチュウ青りんご味が大好きだ。これからわたしはハイチュウの青りんご味しか食べない。ぜったいに食べない。他の味は邪道だ。かつて大好きな先輩が「俺、小学生の時に、お前はこれからグーしか出すなって言われたから、グーしか出せやんねん。だからパー出したら勝てるで」と言っていた。わたしはその偉大なる先輩を見習って、青りんご味しか口にしない。

ハイチュウ青りんご味には、そこまでさせる思い出があるのだ。

演劇部で、ダンスをすることになった。わたしはダンスが苦手である。どうしてもドタドタと鈍臭くなる。周りの人はできる人ばかりだし、前にある大きな鏡には頭の中で動いている自分とは程遠い自分が映っているしで、自分の無力さをそこはかとなく感じた。踊りながら泣けてきてしまい、とうとう踊るのをやめてわーわー泣いてしまった。そんなわたしを見かねてやってきた先輩。ハイチュウ青りんご味を握っていた。ハンカチを差し出すように泣いているわたしにくださった。とても優しい先輩がくれた、ハイチュウ青りんご味。

前進前進

母とすこし仲が良くなった気がする。昨日、母と一緒にショッピングモールへ行った。母は姉と買い物に出ることが多く、私含めて三人で買い物となると、私は決まって一人になる。好きなものや気になるものをじっと眺めていたら、二人はいつのまにかどこかへ行ってしまっている。母は姉と趣味が合うから楽しそうだ。私はそれをだいたい後ろから見ている。だから二人での買い物はすこし不安で、どうすればいいか分からなくなるときがある。

けれど母と久しぶりの買い物は、楽しかった。母と一緒にいて、あんなに素直に大笑いしたのはいつぶりだろう。とても嬉しかった。ショッピングモール内のスーパーで買い物をしているとき、母は私にサインを送った。小声で「キウイの試食行こう」と言いながら、指を素早く試食コーナーの方へ指した。「万引き家族」に出てきた万引きをするときのサインだ。可笑しくて笑った。お母さん、買い物連れてってくれて有難う。

母をすこし好きになった。母もわたしをどう思っているのだろうか。怒られる回数は減った。我慢をしているのだろうか。学校へ行っていないことをどう思っているのだろうか。定時制へ行くことをどう思っているのだろうか。学校へ行かないと決めてから、母との仲は良くなった気がするが、母はどう思っているのだろうか。学校へ行かないと決めてから、朝のしんどさはなくなった。身体のだるさもなくなって、情緒不安定もなくなった。母との喧嘩も少なくなった。

買い物から家へと帰る車の窓から見えた景色は、夏って感じだった。こんなに綺麗だったのか。そういや最近外に出てなかった。ほんと綺麗だな。わたし進んでるような気がする。進めてるかもしれない。勉強頑張ろう。明日は好きな人たちに会えるけれど少し怖いな。けど楽しみだ。二十三日はバイト面接だ。そんで八月は秋季転入の説明会だ。それから学校に行って先生に手続きやら頼みに行かなくちゃいけない。

ついさっき、クラスのLINEグループに、一年の頃の集合写真が送られてきた。心臓がバクバクする。胸がキリキリ痛くなる。ぜったい学校に行かなくちゃならない。手続きをお願いしないといけないし、荷物も取りにいかないと。あの駅もあの駐輪場もあの道あの人も怖くなっている。戦わなくちゃいけない。けれど未来なんてどうなるか分かんないから、考えずに行こう。

お化け屋敷に行きたい

朝番組のシューイチで、ふかわりょうさんとDJKOOさんがお化け屋敷のロケをしていたのを見て、とても行きたくなった。「怨霊座敷」というお化け屋敷で、家に亡き妻の怨霊がいる設定のようだ。参加者がインターホンを押して「ただいま」と言わなければならない時に、DJKOOさんがインターホンを押し、「YEAH!YOROSHIKU!TADAIMA!」と大声で放ったことに、いまだかつてない衝撃を受けた。DJKOOさんのようになりたい、と思った。人生そんな思い詰めなくてもいいんだな。

お化け屋敷に行きたい。好きな人と行きたい。好きな人にDJKOOさんのようなボケをかまして笑ってもらいたいし、もうただ怖がって「可愛いなコイツ」と思われたい。

中学校のとき友だちが、小学校の林間学校で肝試しがあって、好きな人に抱きついてしまったことを照れながら話していたことを思い出した。その好きな人に告白されて付き合ったらしい。抱きつかれた方はまんざらでもなかっただろうな。好きな人と一緒に肝試しを回るというミラクルというか必然というかもう青春。羨ましい。

だからわたしは好きな人とお化け屋敷に行きたい。できれば2人ではなくて、仲のいいグループで!!!!!あいつらいい感じじゃんってなって2人きりで観覧車に強制で乗せられたいし、ツーショットを冷やかしながら撮られたいし、みんなに巻かれて2人きりにされたい。いや、贅沢は言わない。もういい感じの2人を冷やかすほうでもいいからしたい!!!!

…叶いそうにない。真っ暗な部屋の中スマホのライトに顔を照らされながら独りこれを書いている。お化け屋敷以前に、部屋の中からブンブンブンブン羽音が聞こえて恐怖している。ブンブンというオノマトペを使ったことに注目していただきたい。ヤツはでかい。

回想と整理

不登校のことを考える。自分のためだけに考えて、自分のためだけに書く。

一年生のころからポツポツと休んでいた。毎日行くことができなくなった。中学校は未知の世界で、とても不安だった。友だちができるかどうか、どんな人がいるのか、学校のルール、自転車のヘルメット、新しい制服、体操服、運動靴、教室がどこにあるか、休み時間はいつからいつまで、テスト、部活動。

はじめてスマホを持った。LINEを使う。もうLINEグループができていて、招待された。学年全体のグループ、クラスのグループ。最初、アニメアイコンだった。時間が経って、皆んながしているようなアイコンにすると、友だち追加が来るようになった。

学校にはいろんな人がいた。心無い発言をする人が多く怖かった。そういう人とどう関わればいいのか分からなかった。とにかくスクールカーストが気になった。クラスのLINEグループでは、いじめが起こった。教室でもLINEでも事件が起こる。自分に関係のある事件も起こる。

部活も上手くいっていなかった。先輩が怖過ぎた。楽しいこともあったけれど、まいにち緊張していた。この時のわたしは、クラスと部活しかなかったから、とても狭いところで生きていたんだ。そこしかないから、その中で上手くやろうと必死だった。本当にそこが世界だったから。世界を受け入れて、疑うことをせずに順応しようとしていた。なぜ疑えなかったのだろう、違和感を抱かなかったのだろう。いじめが起こることや、部活がいつもギスギスして陰口がそこかしこで行われていることを、おかしいと感じなかったのだろう。毎日、心無い発言を耳にし、最低な行動を見ると、それが当たり前だと思ってしまったのだろうか。ここで生きていくしかないから、生きないといけないから、シャットアウトして考えずにいたのだろうか。

わたしは今、このことを考えていて悲しい。すこし腹がたつ。やるせなくなる。

中学2年生。スクールカーストの上位にいる人たちに、なぜ先生は優しいのかと怒った記憶がある。でもわたしは、上位にいる人たちのことが好きだった。良いところがあって、お喋りが上手くて面白くて明るくしてくれて、優しいところがあった。だから好きだった。人を傷つけるところとかもひっくるめて好きとしていた。それをやめたら楽だったかもしれない。人を傷つけるところは、きらってよかったと思うんだ。そこは憎んでよかったと思う。ちゃんと嫌いで憎んでよかったと思う、そのほうが良いと思う。

後半から、別室登校をすることになった。それまでに母とのぶつかりが何度もあった。不登校に対して自分も恐れていたし、親も恐れていた。だから別室登校。教室への復帰を目標とした別室登校。

別室には、一つ上の女の人と、同い年の女の子と男の子がいた。みんな素敵な人だった。教室に先生がやってくる。授業をしてくれる先生もいれば、ただ本を読む先生もいたし、謎解きを一緒にした先生もいた。

わたしは教室に戻りたかった。このまま別室登校では駄目だと思った。なぜ駄目だと思ったんだろう。親が不安がっていたからだろうか、自分は何にも頑張っていないと思ったからだったかな。弾き出されたような気がして、普通になりたかったんだろう。

わたしは同い年の女の子がとても好きだった。勉強を頑張ったり、教室に入ろうと頑張ったり。ちょっとズレてて、話もズレるけど、大好きだった。わたしが教室に戻ったとき、となりの教室はその子のクラスで、その子と休み時間に廊下で話したりした。その子が廊下で男子とぶつかった時、男子が「菌がついた」と言って、他の男子に擦りつけたのを忘れない。その子は気づいているのか気づいていないのか分からなかった。表情は変わらなかった。どうか気づいていないで欲しかった。

別室登校をする教室は、ピアノ室だった。音楽室の隣で、埃っぽくて、窓際に調律されていないピアノが置いてあった。その子はそのピアノをよく弾いた。「上手くないから」と言いながら弾いていた。上手くなかったけど、音も記憶にないけど、楽しそうに弾いていたのは覚えている。その音で、この教室を覗いてくる奴らも、ドアや窓をバンバン叩くやつらも覚えている。わたしたちは怖がった。音楽室の隣だから、音楽の授業のときは、教室の前の廊下をたくさんの人が歩く。その時もドアを叩かれたり開けられたりした。ドアの鍵を閉めてもらえないか先生にお願いしようと思ったけれど、別室登校させてもらっているんだから、それくらい我慢しないと、と思って言えなかった。

ぜんぶ自分が悪いと思っていた。でもそうじゃない。そうじゃないんだ。

中学三年生。なんとなく教室に入ることができた。あんまり攻撃的な人はいなかった。修学旅行も行くかどうか迷ったけれど、結局行った。楽しかったような、楽しくなかったような、どちらでもないような、修学旅行だった。部活は途中で辞めた。いちばん覚えているのは、文化発表会だ。体育館の二階のいちばん奥から見た。みんな青春していた。面白いのがちょっとムカついた。いちばん最後、三年生の劇が始まる。二階を役者が使うということで、わたしは一階の体育館の奥にある放送室に逃げ込んだ。小さな窓から、息を殺して舞台を見た。ワンピースの劇だった。面白くて、とても悔しくて、泣いてしまった。

高校一年生、学校を諦めきれず、私立の全日制高校へ入学する。一年生も、教室に入れなくて泣くことが2回ほどあったが、なんとかやりきった。体育祭にも文化祭にも校外学習にも参加した。

高校二年生。学校に行けない日が多くなり、辛くなる。懇談で「甘え」「意思がない」「みんな頑張ってる」「普通に学校に行くことが親孝行」などと言われ、ここでようやく疑うことができた。

毎日つかれてしんどくて辛くて泣いて死にたいと思うのは、おかしい。電車や屋上や赤の信号を見ると死にたくなるのはおかしい。それでも学校へ行くのはおかしくないか。

というか、なぜ学校に行けなくなったんだろう。高校で学校に行けなくなったのは、謎のままだ。いま考えていることでは、中学で学校に対して悪いイメージを持ち、そのイメージというか、中学校でつらかったことを、振り切れないでいるから、学校に行けなくなったということだ。それと家庭環境。不登校だからと家族に気をつかい、ご飯を作ってもらうことにも罪悪感を抱いている。そのご飯が食べれなくなって、もっと怒られる。不登校に対して、悪いイメージを持っている。自分が不登校なことを許せない。だから家族にも気をつかう。先生にも友だちにも。不登校は良いことなのだろうか。いや、良いことだとか、そんなんじゃないと思う。不登校は、あってもいい。不登校の人は、いてもいい。良いか悪いかは置いておいて、いていいのだ。けれどわたしは、不登校なことがとてつもなく嫌だし辛いし、不登校でなくなりたいから、定時制高校へ移ろうとしている。「不登校は不幸じゃない」という人がいるけれど、わたしは反発してしまう。不幸だから。過去を振り返る形で不登校をみると、不幸じゃないかもしれない。けれど、いまはつらい。これをどうにかできないだろうか。

不登校の人は、いてもいい。これはハッキリと言えるのだけれど、わたしは不登校ではいたくない。なんだかよく分からなくなってきた。

とにかくわたしは、不登校に対する悪いイメージや罪悪感をどうにかしたい。家族と仲良くしたい。どうにかできないか考えていく。もっともっと考えて考えて、いつか自分のためだけではなくなれば。

とにかくわたしは、あの子に会いたい。