Nook

Nook(ヌック) 「部屋のすみっこ・避難所」

前進前進

母とすこし仲が良くなった気がする。昨日、母と一緒にショッピングモールへ行った。母は姉と買い物に出ることが多く、私含めて三人で買い物となると、私は決まって一人になる。好きなものや気になるものをじっと眺めていたら、二人はいつのまにかどこかへ行ってしまっている。母は姉と趣味が合うから楽しそうだ。私はそれをだいたい後ろから見ている。だから二人での買い物はすこし不安で、どうすればいいか分からなくなるときがある。

けれど母と久しぶりの買い物は、楽しかった。母と一緒にいて、あんなに素直に大笑いしたのはいつぶりだろう。とても嬉しかった。ショッピングモール内のスーパーで買い物をしているとき、母は私にサインを送った。小声で「キウイの試食行こう」と言いながら、指を素早く試食コーナーの方へ指した。「万引き家族」に出てきた万引きをするときのサインだ。可笑しくて笑った。お母さん、買い物連れてってくれて有難う。

母をすこし好きになった。母もわたしをどう思っているのだろうか。怒られる回数は減った。我慢をしているのだろうか。学校へ行っていないことをどう思っているのだろうか。定時制へ行くことをどう思っているのだろうか。学校へ行かないと決めてから、母との仲は良くなった気がするが、母はどう思っているのだろうか。学校へ行かないと決めてから、朝のしんどさはなくなった。身体のだるさもなくなって、情緒不安定もなくなった。母との喧嘩も少なくなった。

買い物から家へと帰る車の窓から見えた景色は、夏って感じだった。こんなに綺麗だったのか。そういや最近外に出てなかった。ほんと綺麗だな。わたし進んでるような気がする。進めてるかもしれない。勉強頑張ろう。明日は好きな人たちに会えるけれど少し怖いな。けど楽しみだ。二十三日はバイト面接だ。そんで八月は秋季転入の説明会だ。それから学校に行って先生に手続きやら頼みに行かなくちゃいけない。

ついさっき、クラスのLINEグループに、一年の頃の集合写真が送られてきた。心臓がバクバクする。胸がキリキリ痛くなる。ぜったい学校に行かなくちゃならない。手続きをお願いしないといけないし、荷物も取りにいかないと。あの駅もあの駐輪場もあの道あの人も怖くなっている。戦わなくちゃいけない。けれど未来なんてどうなるか分かんないから、考えずに行こう。

お化け屋敷に行きたい

朝番組のシューイチで、ふかわりょうさんとDJKOOさんがお化け屋敷のロケをしていたのを見て、とても行きたくなった。「怨霊座敷」というお化け屋敷で、家に亡き妻の怨霊がいる設定のようだ。参加者がインターホンを押して「ただいま」と言わなければならない時に、DJKOOさんがインターホンを押し、「YEAH!YOROSHIKU!TADAIMA!」と大声で放ったことに、いまだかつてない衝撃を受けた。DJKOOさんのようになりたい、と思った。人生そんな思い詰めなくてもいいんだな。

お化け屋敷に行きたい。好きな人と行きたい。好きな人にDJKOOさんのようなボケをかまして笑ってもらいたいし、もうただ怖がって「可愛いなコイツ」と思われたい。

中学校のとき友だちが、小学校の林間学校で肝試しがあって、好きな人に抱きついてしまったことを照れながら話していたことを思い出した。その好きな人に告白されて付き合ったらしい。抱きつかれた方はまんざらでもなかっただろうな。好きな人と一緒に肝試しを回るというミラクルというか必然というかもう青春。羨ましい。

だからわたしは好きな人とお化け屋敷に行きたい。できれば2人ではなくて、仲のいいグループで!!!!!あいつらいい感じじゃんってなって2人きりで観覧車に強制で乗せられたいし、ツーショットを冷やかしながら撮られたいし、みんなに巻かれて2人きりにされたい。いや、贅沢は言わない。もういい感じの2人を冷やかすほうでもいいからしたい!!!!

…叶いそうにない。真っ暗な部屋の中スマホのライトに顔を照らされながら独りこれを書いている。お化け屋敷以前に、部屋の中からブンブンブンブン羽音が聞こえて恐怖している。ブンブンというオノマトペを使ったことに注目していただきたい。ヤツはでかい。

回想と整理

不登校のことを考える。自分のためだけに考えて、自分のためだけに書く。

一年生のころからポツポツと休んでいた。毎日行くことができなくなった。中学校は未知の世界で、とても不安だった。友だちができるかどうか、どんな人がいるのか、学校のルール、自転車のヘルメット、新しい制服、体操服、運動靴、教室がどこにあるか、休み時間はいつからいつまで、テスト、部活動。

はじめてスマホを持った。LINEを使う。もうLINEグループができていて、招待された。学年全体のグループ、クラスのグループ。最初、アニメアイコンだった。時間が経って、皆んながしているようなアイコンにすると、友だち追加が来るようになった。

学校にはいろんな人がいた。心無い発言をする人が多く怖かった。そういう人とどう関わればいいのか分からなかった。とにかくスクールカーストが気になった。クラスのLINEグループでは、いじめが起こった。教室でもLINEでも事件が起こる。自分に関係のある事件も起こる。

部活も上手くいっていなかった。先輩が怖過ぎた。楽しいこともあったけれど、まいにち緊張していた。この時のわたしは、クラスと部活しかなかったから、とても狭いところで生きていたんだ。そこしかないから、その中で上手くやろうと必死だった。本当にそこが世界だったから。世界を受け入れて、疑うことをせずに順応しようとしていた。なぜ疑えなかったのだろう、違和感を抱かなかったのだろう。いじめが起こることや、部活がいつもギスギスして陰口がそこかしこで行われていることを、おかしいと感じなかったのだろう。毎日、心無い発言を耳にし、最低な行動を見ると、それが当たり前だと思ってしまったのだろうか。ここで生きていくしかないから、生きないといけないから、シャットアウトして考えずにいたのだろうか。

わたしは今、このことを考えていて悲しい。すこし腹がたつ。やるせなくなる。

中学2年生。スクールカーストの上位にいる人たちに、なぜ先生は優しいのかと怒った記憶がある。でもわたしは、上位にいる人たちのことが好きだった。良いところがあって、お喋りが上手くて面白くて明るくしてくれて、優しいところがあった。だから好きだった。人を傷つけるところとかもひっくるめて好きとしていた。それをやめたら楽だったかもしれない。人を傷つけるところは、きらってよかったと思うんだ。そこは憎んでよかったと思う。ちゃんと嫌いで憎んでよかったと思う、そのほうが良いと思う。

後半から、別室登校をすることになった。それまでに母とのぶつかりが何度もあった。不登校に対して自分も恐れていたし、親も恐れていた。だから別室登校。教室への復帰を目標とした別室登校。

別室には、一つ上の女の人と、同い年の女の子と男の子がいた。みんな素敵な人だった。教室に先生がやってくる。授業をしてくれる先生もいれば、ただ本を読む先生もいたし、謎解きを一緒にした先生もいた。

わたしは教室に戻りたかった。このまま別室登校では駄目だと思った。なぜ駄目だと思ったんだろう。親が不安がっていたからだろうか、自分は何にも頑張っていないと思ったからだったかな。弾き出されたような気がして、普通になりたかったんだろう。

わたしは同い年の女の子がとても好きだった。勉強を頑張ったり、教室に入ろうと頑張ったり。ちょっとズレてて、話もズレるけど、大好きだった。わたしが教室に戻ったとき、となりの教室はその子のクラスで、その子と休み時間に廊下で話したりした。その子が廊下で男子とぶつかった時、男子が「菌がついた」と言って、他の男子に擦りつけたのを忘れない。その子は気づいているのか気づいていないのか分からなかった。表情は変わらなかった。どうか気づいていないで欲しかった。

別室登校をする教室は、ピアノ室だった。音楽室の隣で、埃っぽくて、窓際に調律されていないピアノが置いてあった。その子はそのピアノをよく弾いた。「上手くないから」と言いながら弾いていた。上手くなかったけど、音も記憶にないけど、楽しそうに弾いていたのは覚えている。その音で、この教室を覗いてくる奴らも、ドアや窓をバンバン叩くやつらも覚えている。わたしたちは怖がった。音楽室の隣だから、音楽の授業のときは、教室の前の廊下をたくさんの人が歩く。その時もドアを叩かれたり開けられたりした。ドアの鍵を閉めてもらえないか先生にお願いしようと思ったけれど、別室登校させてもらっているんだから、それくらい我慢しないと、と思って言えなかった。

ぜんぶ自分が悪いと思っていた。でもそうじゃない。そうじゃないんだ。

中学三年生。なんとなく教室に入ることができた。あんまり攻撃的な人はいなかった。修学旅行も行くかどうか迷ったけれど、結局行った。楽しかったような、楽しくなかったような、どちらでもないような、修学旅行だった。部活は途中で辞めた。いちばん覚えているのは、文化発表会だ。体育館の二階のいちばん奥から見た。みんな青春していた。面白いのがちょっとムカついた。いちばん最後、三年生の劇が始まる。二階を役者が使うということで、わたしは一階の体育館の奥にある放送室に逃げ込んだ。小さな窓から、息を殺して舞台を見た。ワンピースの劇だった。面白くて、とても悔しくて、泣いてしまった。

高校一年生、学校を諦めきれず、私立の全日制高校へ入学する。一年生も、教室に入れなくて泣くことが2回ほどあったが、なんとかやりきった。体育祭にも文化祭にも校外学習にも参加した。

高校二年生。学校に行けない日が多くなり、辛くなる。懇談で「甘え」「意思がない」「みんな頑張ってる」「普通に学校に行くことが親孝行」などと言われ、ここでようやく疑うことができた。

毎日つかれてしんどくて辛くて泣いて死にたいと思うのは、おかしい。電車や屋上や赤の信号を見ると死にたくなるのはおかしい。それでも学校へ行くのはおかしくないか。

というか、なぜ学校に行けなくなったんだろう。高校で学校に行けなくなったのは、謎のままだ。いま考えていることでは、中学で学校に対して悪いイメージを持ち、そのイメージというか、中学校でつらかったことを、振り切れないでいるから、学校に行けなくなったということだ。それと家庭環境。不登校だからと家族に気をつかい、ご飯を作ってもらうことにも罪悪感を抱いている。そのご飯が食べれなくなって、もっと怒られる。不登校に対して、悪いイメージを持っている。自分が不登校なことを許せない。だから家族にも気をつかう。先生にも友だちにも。不登校は良いことなのだろうか。いや、良いことだとか、そんなんじゃないと思う。不登校は、あってもいい。不登校の人は、いてもいい。良いか悪いかは置いておいて、いていいのだ。けれどわたしは、不登校なことがとてつもなく嫌だし辛いし、不登校でなくなりたいから、定時制高校へ移ろうとしている。「不登校は不幸じゃない」という人がいるけれど、わたしは反発してしまう。不幸だから。過去を振り返る形で不登校をみると、不幸じゃないかもしれない。けれど、いまはつらい。これをどうにかできないだろうか。

不登校の人は、いてもいい。これはハッキリと言えるのだけれど、わたしは不登校ではいたくない。なんだかよく分からなくなってきた。

とにかくわたしは、不登校に対する悪いイメージや罪悪感をどうにかしたい。家族と仲良くしたい。どうにかできないか考えていく。もっともっと考えて考えて、いつか自分のためだけではなくなれば。

とにかくわたしは、あの子に会いたい。

時間を持て余している。どうでもいいことばかり考えて、どうでもいいことばかり書いてしまう。どうでもいいことを文字にして、それで安心している。文字をなんとか言葉にしようとするけれど、空回りして結局文字のままでいる。どうでもいいからだと思う。最近タイトルをつけられないのは、どうでもいいからなのだ。たぶん。

どうでもいいことを考えるのも、書くのも、良いと思う。けれどわたしは、どうでもいいことしかしていないから、駄目だ。毎日がどうでもいいことをして過ぎていく。しないといけないことは沢山あるのに。楽をしすぎだ。楽をしすぎた。しないといけないことは、大切なことだからしないといけない。

わたしは勉強をして、掃除をして、規則正しい生活を送らなければならない。他にももっと大切なことがある。やさしくなって強くなって大切な人やことや物を、大切にできるようになりたい。

薄っぺらいことしかしていない。駄目だよ自分〜!!

これが言葉なのか自信がない。自分の言葉を持てるようになるにはどうしたらいいんだろう。というか「自分の言葉」とはなんなんだろう。だ〜〜〜!!!!とにかく明日も生きるぞ!!

亀吉〜〜!

一緒に暮らしていて唯一気が合うのは、亀吉だ。亀吉はカメだ。亀吉のほんとうの名前はドイル。名探偵コナンに心酔していた姉がつけた。飼いはじめた本人である姉がドイルの世話をしないので、わたしは亀吉と名付けた。といったら、亀吉とわたしは親密だと思えるかもしれないが、わたしもロクに世話をしていない。でも、これからちゃんとしていこうと思う。

亀吉は500円だった。小さな水槽にもっと小さなカメが押し詰められて、満員電車のようだった。姉とわたしで二匹かった。わたしは、水槽の手前で溺れているかのように泳ぐカメにした。姉は、他カメ(他人的な)の甲羅に手をついて、堂々とこちらを睨むカメを選んだ。

わたしはチロルと名付けた。チロルは亀吉とは違って、水槽の隅でじっとしていた。そして死んでしまった。その時もちゃんと世話をしていなかった。自分に泣く資格は無いと思いながらも、半日ずっと泣いていた。カメを飼ったのはチロルで二匹目だった。死なせてしまったのにもかかわらず、もう一匹かってしまって、また死なせてしまった。植物もそうで、種を蒔いたのに一つも芽をださなかったことがある。育てちゃいけないかもしれない。

亀吉は、それからよく生きた。いまも生きている。とくにお母さんが熱心に世話をしている。何度も甲羅を脱皮して、大きくなった。

一緒にいた時間は、わたしが一番長いと思う。学校に行けていない日が多いから、「どうしようどうしよう」と焦ったり泣いたりしているのを亀吉は窓ガラス越しに見てたりする。家でひとり葛藤しているときに亀吉を見ると、わたしゃお前だけが友だちだよ…と勝手に思ったりする。

友だちなわけがない。世話もろくにしていない。友だちになりたい。亀吉、これからめっちゃアプローチかけていくから、引かないでね。

中学生のわたしへ

元気ですか。他人に「元気ですか?」と訊かれたら、愛想笑いで「元気です!」って言うだろうけど、ぜんぜん元気じゃないよね。中学校は辛かったね、やっぱ思い切って学校に行かない選択してても良かったのかもって思うことがある。でも頑張ってくれて有難う。救われたことが沢山あります。

昨日、中3のとき同じクラスだった人に会ったよ。高校入学したてのときに、駅で見かけて、がんばって声かけたら、「おめでとう」って言ってくれた人。すごいよね、めちゃくちゃ感動したよね。あ、中学生の私は知らないか!だって第一声が「おめでとう」だったんだよ。ろくに中学校行ってなかった私に!!ほんと忘れられない。けど、昨日は声かけれなかった。次会ったら声かけます。

高校に行ったらね、いっぱい嬉しいことを味わうことができたよ。演劇部に入って、すごい経験を積みました。劇中で一発ギャグ(モノマネ)をやって、豪快にスベったりしたよ。貴方は「相棒に出ている仲間由紀恵」のモノマネをするんだけど、ビックリするくらいスベるよ。たぶん100人くらいお客さんいたんだけど、音がしなかったよ。その後、悪夢にうなされるよ。あんたは夢の中でもスベるよ。

そうそう、めちゃくちゃ良い先輩に出会いました。ちょっとの間だけど同期もできたよ。その人は凄い良い人でたぶん同世代のなかで1番尊敬してて、一緒に演劇やれて良かったなって思う。辞めちゃったんだけどクラスは一緒だよ。あ!!!はやくその人に本を返さないといけない!!!それと、めちゃくちゃ可愛い後輩にも恵まれるよ。

演劇部は本当に入って良かった。いろんなことを学びました。中学二年生のとき、思い切って○○○高校演劇部の役者募集に応募してくれて本当に有難う。ほんとうに有難う。

そう思えば、あなたは凄い!!!偉い!!!よくやった!!!未来に繋がるんだね。すごいね。がんばんないと、わたし。

中学生のわたしへ。やっぱこの世は地獄だよ。いきなりビックリしただろうけど、やっぱり生きづらい。変えてあげられなくてゴメンだけど、わたし幸せだよ。高校も不登校気味になっちゃったり、家族とも上手くいかなかったり、部活も学校行けてないせいで、やれてないけど、しあわせだよ。どうなるか分かんない。この先どうなるんだろう。

でも、ぜったいどうにかするからね。いや本当生きててくれて有難う。この手紙書いてて、ちょっと自分が好きになった。本当に有難う。中学生のあなたは立派だよ。よくやってくれた。本当に有難う。楽しいこととかいっぱい経験させたげるからね。ぜったいしあわせにするからね。

P.S.小学生の頃大好きだった中島くんは、いまだに大好きです。この好きは、芸能人の好きです。卒業式以来会ってないけど、やっぱ中島すごいよね。成人式会えたら良いよね。

 

長ったらしい手紙ごめんね。またね。

2018年 6月19日 高校生のわたしより

生きる

小学六年生、わたしは絶好調だった。いまの高校二年生のわたしとは違って、明るかった。男子も相手してくれて、中心っぽい位置だった。いいクラスだと思っていた。いまとなればあれは絆ではないと断言できるけれど、六年生のわたしは、絆だと妄信していた。クラス目標は「本当の友達になろう」だった。本当の友達とは、間違ったときに注意してくれる存在らしい。担任の太った先生がよく言っていた。わたしは間違ったときに注意をしなかった。できなかった。できない自分を責めていた。

小学六年生、わたしは名言が大好きだった。名言を読んだら自分は偉くなったように思って、ネットで名言ばかり調べていた。そしてこの名言を見つけた。

The proper office of a friend is to side with you when you are in the wrong. Nearly anybody will side with you when you are in the right.

- Mark Twain (マーク・トウェイン) -

正しい友人というものは、あなたが間違っているときに味方してくれる者のこと。正しいときには誰だって味方をしてくれるのだから。

自信を持って違うと言えた。先生がこう言っていたから。「本当の友達は間違ったとき、注意をしてくれる存在」だって。

この名言を見つけて暫くした後、エッセイを書く授業があって、「本当の友達」をテーマに書いた。マーク・トウェインを知らずに名言だけ引用するのは恥ずかしかったから、ウィキペディアを見ておいた。凄い人の考えに真正面から反論をできるのは、とても嫌なことだけれど、自分かしこいな、と思った。

発表したら、クラスのみんなが拍手をしてくれた。いちばん出来の良いエッセイだと言われ、もっと自分かしこいな、と思った。

高校二年生になってもマーク・トウェインは読まなかった。でも、この名言の意味をちゃんと自分で考えることができた。中学で不登校になった。家族に理由を話しても「甘え」と言われるだけだった。

私立の全日制高校に入学した。通えると思ったけれど、現在不登校の一歩手前だ。学校に行けない理由は中々理解されない。甘えなのかもしれないと何回も思う。甘いのは事実だと思う。けど、とても辛いのも事実だと思う。

今日は三者面談だった。先生にコテンパンにやられた。「甘え」「自分に厳しく」「意志がない」「社会に出たらどうするんだ」などと言われた。隣で母が良くぞ言ってくれたというような顔をしていたのを見た瞬間、とても悲しくなった。それから演劇部を思い出した。泣きつきたくて堪らなくなった。居場所が部活にしかないとハッキリ分かった。通信制・単位制の定時制高校に通う人たちを思い出した。その人たちはとても凄い。一緒に演劇をさせてもらったことがある。とても面白いしカッコいい。ファッションセンスも良いしお化粧もとても綺麗で、とにかく演技が上手くて尊敬していた。演劇で関わった方々にも、泣きつきたくなった。正しい友人と呼ぶのは大変おこがましいのですが、演劇で出会った方々、わたしのことをあだ名で呼んでくださっている方々、どうか正しい友人と呼ばせてください。間違っている、世間一般に普通ではない、良くはない、とされていることをするときに、味方がいないと生きていけないと思った。味方がいると生きていけると思う。

毎日通うのが前提の学校だし、学費も交通費も馬鹿にならないお金だから、学校に行かなければならない。もう定時制高校に転入しようかと思った。でももっと堕落してしまうような気がして、決心できない。それで学費や交通費、その他諸々を無駄にしてしまっている。定時制高校に入学していれば良かったなと思った。全日制高校で不幸せな人はいるし、幸せな人もいるし、定時制高校で不幸せな人はいるし、幸せな人もいることをわたしは知っている。だから、毎日まいにち辛いのなら、定時制高校に転入するのもいいんじゃないかと思う。そこで幸せになるように頑張ろう。そう思うと「全日制でも幸せになれるのかもしれない」という希望というか夢というか幻が消えなくて、諦めつけずにいる。

通信制・単位制の定時制高校などは、わたしにとっては普通のことだ。けれど先生や母はそうではないらしい。普通じゃないことがそんなにいけないことなのか。そんなに普通であることには価値があるのか。他の生徒と比べられた。あの生徒は入院していて、勉強したくてもできない、君のどうでもいい休みと違うって言われた。どうでも良くなんかない。わたしも普通になりたい、普通に生きたい。通学電車がホームに入ってきたときに、死にたいなんて思いたくない。毎日まいにち泣きたくない。でもなんで生きているのかって言ったら、生かされているからで、今日は地震があって、こっちらへんは震度3程度ですんだ。少しの時間の揺れだった。でも今日死んだ人がいる。生かされているから生きている。死にたいなんて思っているけど、死にたいって気持ちは本当なんだけれど、地震がめちゃくちゃ怖かったし、ニュースを見るたびになんでわたし生きれてんだろって思う。

マーク・トウェインがどこかに行ってしまった。生きているうちにちゃんと読もう。